転生アラサー腐女子はモブですから!?
 快適な速度で進んでいた馬車の中、流れる森の景色を堪能していたアイシャは、鬱蒼とした森の景色が開け、突如現れた立派な門扉に目を見張る。

(この先に、ナイトレイ侯爵家の邸宅があるのかしら?)

 武の名門の名に相応しい、堅牢な造りの門扉が、ゆっくりと開かれる。

「わぁぁ、なんて素敵なお庭なの」

 色とりどりの花々が咲く生垣が、邸宅まで続く道の両脇を彩り、目にも楽しい。石造りの門扉からは想像もしていなかった華やかな出迎えを受け、アイシャの気持ちも弾む。

 車窓に手をかけ、外の景色を堪能していたアイシャに、御者の声がかかり、ゆっくりと馬車が停車した。

(お屋敷に着いたようね。いけない、いけない、はしゃいでいたら、みっともないわね)

 客人とはいえ、ここはナイトレイ侯爵家の邸宅。高位貴族のお屋敷にお邪魔するのだ。礼儀もなっていない令嬢だと思われたら、リンベル伯爵家の面目も丸潰れになってしまう。

(気を引き締めていかないと)

 アイシャは、座席から立つと、軽く身だしなみを整え、外側から扉が開くのを待つ。

(ここで待っていれば、御者が扉を開けて、誘導してくれるはず)

 予想通り、馬車の扉が外から開かれ、降りるために差し出された手に手を重ねた時だった。

「えっ! きゃっ!!」

 馬車を降りるため足元を見ていたアイシャは、てっきり御者が手を貸してくれたのだと思っていた。しかし、重ねた手がギュッと握られ、強くひかれる。そのままバランスを崩したアイシャは、彼女の手を引いた誰かの胸へと落ちていた。

「アイシャ! 夜会ぶりだね。まだ数週間しか経っていないのに、君に会いたくて、会いたくて仕方がなかった」

(あぁぁぁ、この素晴らしい胸板と、耳に心地いい低音はキース様。離せぇぇぇ、息出来んわぁぁぁぁ)

「……キ、キース様、離して……、しぬ、し……」

 苦しいと背中を叩き訴えると、やっとアイシャを抱く腕の力を少し緩めたキースだったが、彼女を離す気はないようだ。

「あの、キース様。そろそろ、わたくしを離してくれてもよろしいかと思うのです。まだ挨拶もしておりませんわ」

「挨拶など、どうでもいい。俺はアイシャと、ずっとこうしていたい」

(なんだこの甘々なセリフは! キースは何か悪い物でも食べたの?)

 前世も含め恋愛経験の全くないアイシャは不思議でならなかった。

 デビュタントの夜会でいきなりプロポーズされたが、一年前までは犬猿の仲だったのだ。それが一年でガラッと態度が変わるとキースに似た別人が、目の前に居るのではないかとさえ思えてくる。しかも夜会の時より強引な気もする。

 やはり、リンベル伯爵家と縁戚になるメリットはかなり大きいのだろう。

(キース様も可哀想に。家の為とはいえ、好きでもない女を口説かねばならないなんて)
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