転生アラサー腐女子はモブですから!?
 あの当時、リンベル伯爵家に生まれたアイシャの婚約者候補になるため、後継の座が兄から年の近いキースへと変わる出来事が起こった。当時は、『白き魔女』のことも、『古の契約』のことも、知らなかったキースは、突然の後継の変更に戸惑いしかなかった。

 優秀で、誰からも慕われる兄から次期侯爵の座を奪ってしまった。その事実は、幼いキースの心を歪ませるには充分すぎるほどの衝撃を彼の心に与えた。

 罪悪感に支配され、アイシャを憎むことでしか、歪んだ心を保つことが出来なかったキース。兄から剣を習うアイシャに憎悪を燃やし、練習相手に指名された事を利用して、彼女を散々痛めつけた。

 ただただ、アイシャが憎かった。そして、そんな彼女に笑いかける兄も、理不尽な状況に追い込んだ父も、自分の置かれた状況、全てが憎かった。

 しかし、最後に剣を交え、アイシャが『白き魔女』としての力を発動した日、身勝手な思い込みを彼女に諭された時、全てが変わった。

 アイシャと会えなくなってから一年、来る日も来る日も、身勝手だった日々を思い出し、後悔し続けた。もっと早く、兄と話していたらアイシャとの関係も変わっていたのだろうかと、後悔しても遅いのは分かっていたが、諦めきれなかった。

 会えない日々を後悔しながら過ごすうち、いつしかアイシャと接したわずかな思い出を繰り返し思い出すようになっていた。

 俺を睨む強い眼差し。
 剣を交えた時に感じた息遣い。
 苦痛に顔を歪めながらも損なわれない美しい面立ち。
 涙に滲んだ瞳の輝き。
 何よりも心惹かれたのは、強い意志を持ったあの煌めく瞳だったのだろうか。

 アイシャに会えない日々が長くなればなるほど、抑えられなくなる焦燥感。あの日から一年、待ちに待ったアイシャの社交界デビューの日、数十名のデビュタントと一緒に会場入りした彼女を見てキースの中の想いが弾けた。

 思い出の中のアイシャより、格段に美しく魅力あふれる女性へと成長した彼女が、ノア王太子とファーストダンスを踊っている。あふれ出す醜い感情がノア王太子に対する嫉妬だと気づいた時、彼に手を取られたアイシャが二曲目のダンスを踊り出すところだった。

 あの時、初めて彼女に恋をしていると気づいた。

 もう、我慢など出来なかった。ノア王太子から逃れたアイシャの手を、無我夢中で捕らえていた。

 彼女を引き寄せダンスホールへと連れ出す。アイシャが、戸惑っていたのも分かっていた。嫌いな男に無理やり、連れ出されたのだ。誰だって、困惑するに決まっている。でも、止まれなかった。

 細い腰を抱き、手を重ね、リードに身を任せ踊るアイシャ。夢のような時間だった。

 アイシャに騎士の忠誠を誓ったのは本心からだ。会えない日々の中で芽生えた想いは、騎士として生涯アイシャを護り抜くという決意だった。『白き魔女』など、どうでもいい。彼女が『白き魔女』だろうと無かろうと、護り抜くと決めた。

――――もう誰からも彼女が傷つかないように。
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