満月の夜に〜妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった〜

過去④

 昨日シオンはエヴァンス邸に自ら足を運び、リディアに忘れ物を届ける事が出来たが、思わぬ会話を聞いてしまった。

 侍女に話していた内容によると、リディアはお妃教育すら手を抜いて、上手く世の中を渡ろうとしているらしい。
 確かにリディアの考え方自体は悪ではない。シオンからすると大問題なだけで。

 婚約者候補に選ばれたところで、未だその姿勢は変わっていない事がよく分かった。シオンに興味がない現実も。


 **

 次の日。鬱屈とした気分で、シオンが城内の廊下を歩いている途中、ある令嬢が視界に入った。

 シオンの婚約者候補の一人。亜麻色の髪の令嬢、カタリーナ・ジョゼフ侯爵令嬢だった。
 カタリーナを見た途端、珍しくシオンは思い立ち、彼女に声を掛けてみる事にした。


 今までリディアしか眼中になく、他の女性との交流は必要最低限だった。

 追い込まれていた彼は『もう少し他の女性との会話で経験を積んで、コミュニケーションの取り方を勉強するのも、いいかもしれない』などと一瞬のうちに考えていた。もちろんリディアのために。

「ジョゼフ侯爵令嬢」
「殿下っ……!」

 シオンから令嬢へ声を掛けるのは珍しく、カタリーナは虚を衝かれたのち、急いで頭を垂れた。

「ジョゼフ侯爵令嬢は講義に対し、とても真面目に取り組んでいると、教師陣が声を揃えて言っていた」
「そのような勿体なきお言葉、恐縮でございます。わたくしこそ、先生方の貴重な講義を学ぶ事が出来て、日々感謝しております」

 真面目を具現化したような令嬢だが、はにかむカタリーナを見て、可憐だと称する者も多いだろう。

 そんな彼女を前に、シオンも気まぐれに何となく微笑んでみるなど、またしても珍しい行動を取ってみた。

 次の瞬間、カタリーナは耳まで真っ赤になり、言葉を失った。
 自分に向けられた、滅多に見ることのない、王子の美しく優しい微笑みに釘付けになってしまっていた。
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