満月の夜に〜妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった〜

過去⑤

 ステンドグラスの窓が等間隔に並ぶ、王宮の廊下を歩いていた。

「リディア」

 優しく落ち着いた声に名を呼ばれ、歩みを止めて振り返る。リディアは声を掛けてきた人物を確認すると、すぐに頭を垂れた。
 この国の王、シャールの声が降りてくる。

「顔を上げてくれ」


 顔を上げ、優しく微笑み掛けてくれるシャール王と向き合った。

 流石親子なだけあって、国王はシオンとよく似た顔立ちの美丈夫だ。しかし優し気な表情を頻繁にリディアへと向けてくれるなど、中身は全く似ていない。

「今からシオンと中庭で茶をする予定なのだが、リディアもどうだろうか?」


 シャールは昔から、リディアの事をとても可愛がってくれている。そんな国王直々のお誘いだが、折角の親子水入らずの時間に、お邪魔してしまっていいのかと尋ねてみた。むしろ遠慮せずに是非一緒に来て欲しい、とまで言われてしまい、リディアは快諾した。


 **

 白亜の壁に囲まれた、王族専用の美しき中庭には、既にお茶の用意が整えられている。

 席に着き、暫くするとリディアの分のティーカップを、侍女が運んで来てくれる。そしてその後すぐ、シオンがやって来た。
 シオンはリディアの姿を見た途端、少し驚いた表情を見せたが「お待たせ致しました陛下」と一言発してから、席に着いた。


 三人が揃った事で、早速お茶を頂くことに。
 カップを口に運ぶと、ハーブがブレンドされたお茶の、落ち着く香りが広がる。
 和やかな時間が流れる中、シャールがいくつかの話を二人に振った後、次の話題に切り替えた。

「リディア、妃教育の方は順調か?」
「至らない身ではありますが、私なりに励ませて頂いております」
「そうか、リディアなら心配いらないな」

 言いながら、リディアに微笑んだ。

「この半年。妃教育の講義を、他の令嬢達と共に受けてきた上でリディアに質問したい。もし自分以外で、王太子妃として相応しいと思う令嬢がいれば、一人挙げてみて欲しい」

 国王の質問に、シオンも僅かに反応したが、平静を装いカップに口を付けた。
 リディアは真っ直ぐに王を見て口を開いた。

「カタリーナ侯爵令嬢が相応しいかと思います」
「ほう、何故そのように思う?」
「彼女は何事にも真面目に取り組み、その上頻繁に図書館に足を運んで、講義の内容を更に深めようとする勤勉な姿も目にしております。
 日頃彼女と講義についてお話をしていますと、思慮深さに加え、常にこの国を思う心がこちらにも伝わってくるのです。それに……」

 二人に注目される中、リディアはふわりと微笑んだ。

「先日見かけた、カタリーナ嬢とお話をしている時のシオン殿下は、実に優しいお顔をなさっていました。あのような殿下の表情を引き出すカタリーナ嬢こそ、殿下の婚約者に相応しいと思いますわ」
「おお、そうなのか!」

 自身の方に顔を向けた国王を全く見向きもせず、シオンはリディアをまっすぐに見ていた。それは、リディアに穴が空きそうな程のガン見だった。

 視線、というか異様な圧に気付いたリディアは、全く感情が読めない瞳でひたすら見つめ続けてくるシオンに、飛び上がりそうになる。

 それは『闇』の色を纏った瞳というべきか、もしくは『病み』なのか。また放たれているオーラも同様だった。

(えっ、何?ちょっと怖いんですけど!?)

 その後も、突き刺さりそうな視線を注がれ続け、お茶とお菓子の飲み食いが非常に困難になってしまった。

(みっ、見られすぎて食べ辛いし、飲み辛いじゃない!!)


 **

 茶会が終了し、帰宅するリディアを馬車まで送った後、シオンは急いで父王の元へと戻った。

「陛下、お話がございます」
「何だ改まって」

 真摯な瞳を向けて国王に向き合うシオンは、意を決して思いを口にする。

「自分には幼少の頃より、心に決めた人がいるのです」
「ほう、それは誰だ」
「リディアです」

 シオンの口にする名に、シャールは特に驚く事は無かった。

「だろうな」
「知っておられたのですね……」

 シオンがリディアの事を幼少時から好きな事。
 そんな事、父も母も側近も皆んな知ってるわ。という言葉を父、シャールは飲み込んだ。

「私とリディアの正式な婚約を認めて頂きたいのです」
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