Beautiful moon
『木崎の言う通り、俺は現実からずっと目を背けて逃げているだけなのかもしれない。もういない美月(みつき)を、いまもまだ探してる』

空グラスの氷がカランと音を立てた。

『…いい加減、アイツの”死”と、きちんと向き合わなきゃいけないのかもな』

視線を戻すと、悲しみの籠った目で、私を見て微笑んでくれる。

不謹慎にも、その笑顔に胸の奥がドキリとしてしまい、触れていた先生の左手から手を離した。

『先生』
『ん?』
『グラス、空ですよ』

動揺を隠すように、出来るだけ自然を装い、話しかけた。

『あぁ…でも、明日は仕事だからな。そろそろ』
『じゃあ、最後に一杯だけ。ここのオリジナルカクテル、すごく美味しくて、オススメなんです』

時刻は、まもなく午後9時半。

今思えば、この時すでに、何かにつき動かされていたのかもしれない。

先生は私の勧めたこの店一押しのカクテルを飲んだ後、一気に酔いが廻ったように饒舌になり、一杯どころか数えきれない量のお酒を飲み続けた。

そうしてその間、亡くなった恋人の…美月さんのことを、止めどなく語りだす。


二人が出会った、大学の食堂での話。

3年もの間、ずっと片想いしてた話。

つきあってから初めて行った旅行の話。

一緒にいたくて同棲を提案したら拒否された話。

プロポーズの時は感極まって自分の方が泣いてしまった話。

事故にあった朝した会話の話。

彼女の育てていたハーブが駄目になってしまった話。

そして、亡くなってから一度も夢に出てきてくれないという話。

そのすべてが、愛おしく切ない物語のように聞こえ、私はただそれを黙って聞いていた。


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