Beautiful moon
『…行くな』
『っ!?』

掴まれた手を強く引っ張られ、先生の胸に倒れ込むとそのままギュッと抱きしめられる。

思いのほか強く、それは痛い程に。

『せ、せんせ…?くっ…苦し…』
『…つき…美月』

先生の口から絞り出すように聞こえたのは、自分の名前ではなく先生の亡き恋人の名。

『…行くなよ、美月…』

その切実で祈るような声音に、どうしようもなく胸が痛くなる。

抱きしめられた時に、唯一自由だった左手を先生の背中にまわし、そっと抱きしめるように力を込めた。

『…美月?』

耳元で先生の声が聞こえた。

どうしようもなく背徳の思いに苛まれながらも、もう留めることのできない衝動に駆られる。

力の緩んだ隙に、薄闇の中で先生の肩に手を添わせ、ゆっくり体制を整えると、自分でも信じられないくらい澄んだ声音で


『…透(トオル)』


先生の”名前”を口にする。

まるで、ずっとそう呼んでいたかのように自然に零れ出た呼び名。

『美月…なのか?』

暗闇の中で、その問いには答えず、震える手で先生の頬を包むと、そのまま黙って唇を奪う。

先生は一瞬ビクッと戸惑いを見せるも、決して触れた唇を剥がそうとはしない。

…もう引き戻ることはできない領域に入ってしまう。

互いの唇を通し、アルコールの匂いが混合し、更に酔いが身体中をかけ廻る。

息が続かず唇を放すと、今度は先生の方から、直ぐに強く唇を押し付けられる。
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