Beautiful moon
初秋の夕闇。
そこかしこから聞こえる秋の虫の音を感じながら、駅まで続く石畳を進み、しばらくするとアーケードに囲われた商店街に入った。
薄闇から一転、ところどころにある照明が通路を明るく照らし、そこは昼間のような明るさ。
全長200メートルほどの通りを、抜けた先にある駅に向かってまっすぐ進むと、ふと前からこちらに向かって歩いてくる男性に目を奪われ、足が止まってしまう。
ハガキを手に、何か目的地を探している様子で、私の存在など気にも留めずにすれ違う。
…まさか。
でも見間違うはずがない。
『香坂…先生?』
瞬間、思わず声をかけてしまった。
男性は私の呼びかけに足を止めて振り返り、一瞬考えるような表情をした後、直ぐに思い当たったという表情で
『木崎か!』
名前を呼ばれた。
それはまさに今、望郷のさなかに思い浮かべてた人物だったので、あまりの偶然に次の言葉が直ぐには出てこなかった。
『久しぶりだなぁ。7年ぶりか?すっかり大人の女性になって、一瞬誰だかわからなかったぞ』
在学中の頃より、少しほっそりとしたような印象ではあったけれど、当時と変わらない、温和で優しい語り口調で話す先生に、何だかホッとして、すぐに緊張がほぐれていく。
『お久しぶりです。先生の方は…あまり変わらないですね』
『まぁお前たちの頃の7年とは違うからな』
そう笑う顔は、ほんの少しだけ愁いを帯びている。