冴えない令嬢の救国譚~婚約破棄されたのちに、聖女の血を継いでいることが判明いたしました~
「待って!」

 それをセシリーは抱き着いて止めさせ、からくも一撃を免れた貴族の男は悲鳴を上げ、よろめきながら走って逃げてゆく。

「どうして止めたの」

 別人のような平坦な声で呟くラケルの、剣を持った腕にセシリーは触れた。
 
「守ってくれたのは嬉しいけど、やりすぎは駄目よ……だってあなたは、誰かを傷つけるために剣を手にしたんじゃないでしょう?」

 するとラケルはほのかに微笑み、剣を腰に戻すと、彼女の頬に手を添えた。

「セシリーは優しいね……。力があっても、自分じゃない誰かが傷つくまで、それを振るおうとしない。だから誰かが……君を守らないといけないんだ」
(……ラケルってこんな人だったっけ)

 これまでのラケルは、どんな相手であろうとやすやすと暴力などふるわず、対話を試みる優しさを備えていた。だが……今の彼からはそれが無くなってしまった。
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