冴えない令嬢の救国譚~婚約破棄されたのちに、聖女の血を継いでいることが判明いたしました~
「……駄目だよ。なんでもとか言ったら」
「えっ?」

 彼がぼそっと言った言葉を聞きとれず、首をかしげていると……ラケルはふっと笑った。

「それじゃ、笛でも聞いてもらおうかな。横笛……」
「ああそっか、得意なんだもんね。私なんかが聴衆役でいいなら全然」

 セシリーはラケルが気を取り直してくれたのだと思ってほっとした。音楽は心を癒す効果があるというし、今の彼にはちょうどいいかもしれない。

「何の曲を吹くの?」
「……内緒」

 そういうと、黒塗りのフルートをケースから引き出し、そっとその唇を当てる。確かめるように何度か音を鳴らした後、すっと息を吸い込み、静かに演奏を始める。

 彼のお気に入りの曲なのだろうか、運指に淀みは無く、音色に乱れはない。だがどこか物悲しい曲は普段のラケルとはあまりにもかけ離れていて、なんとなく、聞いていて胸が締め付けられる。
< 603 / 799 >

この作品をシェア

pagetop