元彼専務の十年愛
年に一度の大切な日に、あんな別れ方をしてごめん。
変な取引を持ち掛けて、傷を抉るようなことをしてごめん。
今も昔も謝りたいことばかりだ。
けれど、謝ったところで今さら何がどうなるわけでもない。
悲劇の主人公ぶって言い訳をして、彼女の心を痛めるくらいなら、最低な元彼のままでいい。
金に物を言わせてとんでもない取引を持ち掛ける、非道な男だと思ってくれればいい。
そして、取引が終わればせいせいして出て行って、もう二度と会うことはない。
…それでいい。

顔を起こすと、彼女の長い髪がさらっと頬に触れた。
香水をつけない彼女からは、清潔なシャンプーの匂いがする。

「紗知、あんまり寝てないだろ。帰って休んだほうがいい。仕事は遅刻してもいいように、隆司を通じて総務に連絡しておく」

今の俺はどんな顔をしているだろうか。
ちゃんと冷たい表情を作れているか自信がない。
不安げに俺を見つめていた紗知が、小さく頷いて立ち上がる。
部屋を出て行く時、彼女は一度心配そうに振り返ってからドアを開けて去って行った。

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