第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~

第2話

 そうやって迎えた誕生日当日は、よく晴れた気持ちのよい朝だった。


庭を囲むゼラニウムやペチュニアの花が美しい。


「ねぇ、やっぱりテーブルを外に出さない? その方がきっと素敵だわ」


「かしこまりました。アデルさま」


 今日は、本当に仲のよいアカデミーの女の子3人にしか招待状を渡していない。


ケーキは侍女たちと一緒に焼いたものだ。


口安めのチーズやサラダ、スープとフルーツも用意してある。


「こんにちは。お招きありがとうございます」


「まぁ、いらっしゃい。今日はありがとう」


 エミリーたちがやってきた。


庭に出したテーブルで、ささやかなお誕生日会が始まる。


「お茶のおかわりはいかが?」


「このクッキー、美味しい!」


「ケーキはアデルが焼いたの?」


 楽しいおしゃべりはいつまでも続く。


アカデミーの先生のこと、新しい詩集のこと、流行のファッションやおまじない……。


「そういえば、この間のステファーヌさまのお誕生日会はどうだったの?」


「あぁ、聞きたいわ! それは素敵だったのでしょう?」


「え、えぇ。まぁ、それはね……」


 苦し紛れに扇を開く。


そんなことを聞かれても、話せることはあまりない。


「ね、どうだったの?」


「あぁ、詩人のジャンさまにお会いしたわ」


 とたんに、歓喜の声があがった。


「素敵! さすがステファーヌさまのお誕生日会ね」


「どんなお話しをしたの?」


「そうね。とても素敵だったわ。そういえば、今度彼をアカデミーに招待するって、お約束したの」


「どうだった? やっぱりカッコよかった?」


「えぇ、まぁ……。作品の印象そのままの、とっても優しそうな方でしたわ」


 エミリーは夢見るように天を仰ぐ。


「アカデミーにジャンさまが来られたら、私はそのまま恋に落ちてしまうかもしれないわ。もしそうなったらどうしましょう!」


「そんなこと、あるわけないじゃない。そもそも、ポールとはどうなってるの?」


「今はポールは、関係ないじゃない」


 そこにいたみんなが、声を出して笑った。


彼女の顔は真っ赤になる。


「だいたい、何でもないんだし……」


「だけど、結構いいと思ってるんじゃない? お互いに」


「そりゃ、嫌いじゃないけど……」


「ね、アデルはいつも、ノアさまとは、どんなお話しをしているの?」


「えぇ?」


「だって、参考にしたいじゃない。この中で、もうちゃんとしたお相手がいるのって、アデルだけなんですもの。ね、別々に暮らしているとはいえ、夜には忍んで来られたりするんでしょう? 今夜の予定はどうなっているの?」


 好奇の目が集まる。


そんなもの、何にもあるワケないじゃない。


「ねぇちょっと待って。私たちは、どちらかというと兄妹みたいなもので、婚約者ってのも……って、知ってるじゃない」


「そんなこと言ったってねぇ!」


 彼女たちは、無邪気にクスクスと笑いあう。


「アデルも、ノアさまのことは好きでしょう?」


「それは、嫌いじゃないけど……」


 そんなこと、単なる政略結婚なんだから何とも思ってないだなんて、言いたくてもハッキリと言えるワケがない。


「えぇっと。今日は、ノアは……。どうしても忙しい用事があって、来られないの。だから、この後の予定なんてのも、特にないわ」


「えぇ? 本当に?」


「そうよ。だって、誕生日だからって、特別なことはないもの」


 今日だってきっと、あんな断り方をしたんだから、他の誰かと会ってるのかもしれない。


せっかく空いた時間なんだもの。


例えばこの間のパーティーの……。


「そうよね。ノアさまとアデルは、もう婚約して長いもの。一緒に住んでいた時期もあったし」


 彼女たちは、一斉に落胆のため息をつく。


「うちの両親だって、結婚してしまえば互いの誕生日は冷めたものだわ」


「お誕生日の日はいつもこの館で、みんなでただ騒いで遊んでいただけだったもの。それがこうやって女の子だけで集まるようになったのは、ある意味進歩かもしれないわね」


「男の子たちがいたら、きっともうお菓子は全部なくなっていたわ。今ごろはテーブルも泥だらけで、台無しよ」


「そうよ。そしたら普段のアカデミーで集まっているのと変わらないじゃない」


「この、女の子だけっていう、特別感がいいのよね」


「去年のアデルのお誕生日会だって、結局ポールが馬から……」


 軽やかな笑い声が響く。


私は冷めたお茶を入れ直した。


やっぱり、ノアたちを誘わなくてよかった。


顔を合わせたら、またいつものように甘い言葉と演技で流されてしまったかも。


私はもう、そんなノアは見たくない。


そんな彼に、流されたくない。


芽吹いたばかりの若葉と花の咲き誇る庭を、冷たい一陣の風が吹き抜けた。


「あら、空の様子がおかしいわ」


「本当ね。これは一雨くるかも」


 それまで青く晴れていた空が、黒く厚い雲に覆われ始めていた。


「まぁ、急いでテーブルを片付けましょう」


 侍女たちが慌てて飛び出してきた。


お菓子やお茶のプレートを移動させている間にも、雷鳴が轟く。


すぐに大粒の雨が降り出した。


大騒ぎをしながら、庭からそのままリビングルームへと駆け込む。


外はすっかり土砂降りの雨だ。


「間に合ったみたいね」


 吹き込んでくる雨に、開け放していたガラス扉を閉めようとしている。


蹄の音が聞こえた。


鳴り響く雷鳴と雨音と共に、二頭の馬がそこへ飛び込んでくる。


「きゃあ!」


「ノア!」


 女の子たちから悲鳴が上がった。


馬はいななき後ろ脚で立ち上がる。


それを手綱で制し、ノアはそのまま馬上から飛び降りた。


ずぶ濡れのまま、もう一人の男性と共に部屋へ駆け込んで来る。


「あはは。やっぱり、ひどい雨になったなぁ!」


「だから降るって言ったじゃないですか」


「服から滲みて冷たいな」


「最悪ですよ」


「アデル、タオル貸して」


 髪から滴る雨もそのままに、ノアは手を突き出す。


「……。持って来てあげてちょうだい」


 侍女から渡されたそれで、彼らはぐしゃぐしゃと頭を拭いた。


「やぁアデル。久しぶりだね」


 呆れて言葉も出ない。


女の子たちも、突然の訪問に困惑している。


「悪いね。せっかくのお誕生日を邪魔して」


 本当に最悪。


って、そう思っていても、絶対に顔には出さない。


ノアは濡れたタオルを、バサリとソファに投げた。


「ノア。そちらの方は?」


「僕の新しい補佐役だ。前のヤニスがね、年齢を理由に引退したんだ。だからその後任についた、エドガーだよ」


 その黒目黒髪の男性は、少し照れた様子で胸に手を当てた。
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