そして消えゆく君の声
「すごい、こんな近くに山があるなんて」


 後ろに立つ幸記くんが、猫みたいな目を丸くして額に手をかざす。

 大きな黒目いっぱいに輝く好奇心は、幸記くんの生きてきた狭い世界を想像させて、


「本当に、緑がきれい……あ、足元気を付けて」


 胸を刺す痛みを笑顔でごまかして手をそっと握ると、遠くを眺めていた目が照れくさげに細められた。


「ありがとう」

「どういたしまして」

「残念だなあ、本当は俺が桂さんの手を引きたかったのに」


 意外に感じるほど男の子っぽい、冗談めかした口調。軽い足取りで段差を降りると、幸記くんは伸びやかに笑った。


「桂さんの前では、いいところを見せたいから」


 えっ、と目を丸くする私を見ると、笑顔に悪戯っぽい色を足してするりと手を離す。


「あとは大丈夫、自分で歩けるよ」


 そう言って、軽くショートした私を追い抜いて歩き出した。


(……意外、だなあ)


 あの日、初めて出会った幸記くんは小動物みたいに怯えていて、ほんの少し力をこめただけで壊れてしまいそうに見えた。

 でも、今日は全然違う。

 地下鉄に乗りかえる前に食べた昼ごはんの時も、並んで座ったバスの中でも驚くほど生き生きと話していて。


 特別おしゃべりなわけじゃないけど、思ったことはハッキリ口にするというか。

 一緒にいる黒崎くんがほとんど話さないから余計にそう見えたのかもしれない。横から見た時の通った鼻筋は、血のつながりを感じさせたけど。
 
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