そして消えゆく君の声
 元気付けるように肩を叩く手は、私よりずっとずっと年上みたいだった。

 
「幸記くん……」

「なんて、返事聞くのが怖いから格好つけてるだけかも。調子乗って、相当恥ずかしいこと言ったし」


 そんなことないよと言いたかったけど、恥ずかしかったのは事実だから何も言えなくて。黙っていると幸記くんが「そこはフォローしてほしいんだけど」と笑った。

 私も、つられて笑う。


「でも、桂さんに話ができて良かった。本当に」


 伏し目の笑顔は穏やかで。
 けれど、なぜか私は「あ、駄目」と感じた。

 何が駄目なのかわからなくて、すぐにその理由に気付く。


 今の幸記くんの表情、さっき「いい思い出になった」って言った時と同じだ。自分から何かを断ち切ってしまうような

 まだ何も終わってなんていないのに、どうしてこんな顔をするんだろう。




 心に残るちいさなしこり。

 けれど私の思考回路は、どう返事をするかで容量がいっぱいになっていて、違和感の正体を深く考えることはなかった。


 そして。
 目の前に立つ幸記くんに集中しきった意識は半径1メートル以外の出来事をまったく感知できなくて。


 だから。


 ドアの向こうで動いた気配にも、気付けなかった。
 
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