そして消えゆく君の声
 すれ違いざま、鼻孔をくすぐった甘い匂い。

 廊下の向こうへ消えていく幸せそうな後ろ姿を見送りながら、雪乃が探偵みたいにうなずいた。


「……今日のメニューはカップケーキと見た」

「そういえば、征一さん紙袋持ってたね」


 一人じゃ食べきれない量だったけど、どうするんだろう。

 思わず首をひねると、向き直った雪乃に「甘い」とおでこを弾かれた。


「桂は征一さんのすごさをわかってないね」

「すごさ?」

「征一さんって、実習以外でも山ほどお菓子だのなんだのもらってるの。別の学年はもちろん、中等部の子もしょっちゅう」


 そういえば、さっきの人だかりにさりげなく中等部の制服の子が混じっていたような。


「普通そんなの、一個一個対処できないじゃん?でも、征一さんは贈り物全部食べてくれるし名前も覚えてくれる」

「ぜ、全部っ!?だって、五個や十個じゃなかったよ」

「そういうところも含めて王子様なんだって。あたし中学の時バレンタインチョコ渡したけど、今も野宮さんって呼んでくれるし」

「それは……確かにすごいかも」


 気配りや記憶力はもちろん、あれだけ食べて見た目がまったく変わらないのもすごい。

 七月に増えた一キロがどうしても戻せない私からすれば、コツを教えてもらいたいくらいだった。
 
< 170 / 401 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop