そして消えゆく君の声
 いい人ではない、と思う。

 でも悪い人かと言うと、これも少し違う気がする。黒崎くんいわく征一さんには悪意がなくて、皆のために行動しているのだから。


 完璧のはずなのに歪みを抱えている人。


 いつも人に囲まれている姿は蝶を引きよせる花みたいだけど、そこに甘い蜜はあるんだろうか。


 あの笑顔の下には、
 あの優しい声の裏には。
 裏には………


「桂、顔怖い」


 冷静な声に思わず視線を上げれば目の前には雪乃の呆れた顔。

 ついつい難しい顔をしていたのか眉間のしわをぎゅっと押されて。


「実際知り合うわけじゃないんだしさ、単純にかっこいいなって思ってればいいんじゃない?」

「……うん」

「あ、ひょっとして要さんのほうが好みとか」

「えっ? いや、そういうわけじゃないけど


 正直に言うと、私は中等部のころ一度だけ図書室で本を読む要さんに見とれたことがある。

 木の椅子に深く腰かけて、難しそうな本を読んでいた要さん。

 眼鏡ごしの目は知的で、冷たささえ感じるほど静かで、世の中にはこんなに素敵な人がいるんだと感動したけれど、実際には大きな猫をかぶっていたわけで。


 私に見る目がなかったのか、要さんの演技力がすごかったのか。

 後者だと思いたい。でないと、学校中の女の子の目が節穴ということになってしまう。
 
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