そして消えゆく君の声

秋の道

 幸記くんが私をたずねてきたのは、文化祭をひかえた土曜日だった。


 その日のわが家は両親ともに仕事で出かけていて、特に予定のない私は昼前になっても部屋着姿でごろごろしていた。

 せめてラーメンでも食べようとお湯を沸かしながらテレビをつけると、狙ったようなタイミングで耳を打ったインターホン。

 雑誌をめくる手をとめて応対ボタンを押したとたん、大きな目が画面いっぱいに映しだされて。


「えーっと、すみません」

「こ、幸記くんっ?」


 幸記くんの遠慮がちな声と、私のひっくり返った声が重なった。


「あ、桂さんだ。良かった」

「良かったって、どうしたの急に。何かあったの?」


 あまりにも予想外な人物の登場に慌ててはねた髪をおさえて、すぐに向こうからは見えないのだと気付く。 

 四角いモニタのなかで、幸記くんは組んだ指を組みなおしながらカメラに顔をちかづけた。


「近くに来る用事があったから寄ってみたんだけど。今、大丈夫かな」

「私はいいけど、幸記くん外になんて出て平気なの?怒られたりとか……」

「平気だよ。今日はトクベツ」


 嬉しそうに話す頬はうっすら上気していて、よく見れば服装もこの季節にしてはすこし薄着に見える。

 事情はよくわからないけど、待たせて風邪を引いたら大変。「ちょっと待って、すぐ行くから」と声をかけて、私はそのへんにあった服をつかんだ。


 跳ねた髪はどう抑えても直らないけど、しょうがない。

 ついでに無地のストールを手に取って急いで準備をしていると、今さらお湯の沸いたヤカンが甲高い音をあげた。
 
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