そして消えゆく君の声
 教室で、声をかけ続けていた橋口くんと、最後まで視線を合わせなかった黒崎くんを思い出す。

 今の黒崎くんは、顔を上げない。上げられない。

 過去の罪にとらわれて、優しい言葉すら避けようとしている。自分にそんな資格はないのだと、避けて、逃げて、逃げ続けて。


 ……うなされているんだ、一人で。


 吐く息が震えた。

 寒いからじゃない。会いたくて。

 黒崎くんに会いたい気持ちが喉からせり上がってきそうで、私は震える五指を握りしめた。


「黒崎くんは、嘘をついてるんだと思う。橋口くんにも、自分自身にも」

「……そっか、日原にはわかるんだな」


 橋口くんの声は、どこかホッとしたみたいだった。


「俺には何にも言えないから、日原が声かけてやってよ。いつまでガキの頃の話してんだって感じだけど、あいつ、強がりだから」

「うん、私もそう思う」

「一緒に帰るかって言った時、本当に嬉しそうだったから」


 黒崎くんの心はいつも、厚いカーテンで隠されている。

 何も目に入らないよう、何も聞こえないよう、足元すら見えない暗闇に逃げ込んだ。


 深い闇は、私はもちろん、幸記くんにだって見通せない。


 だけど黒崎くんはあの日、私にお礼を言った。女の子とのいさかいに踏み込んだ私に。 

 本当に何もかもどうでもいいのなら、あんなの余計なお節介でしかなかったはずなのに。
 
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