そして消えゆく君の声
 事も無げに言い放たれた言葉に、黒崎くんは息を飲んで右手を振り上げた。


「黒崎くんっ」


 信じられなかった。

 私は絶対に、黒崎くんは征一さんに手を上げないのだと思っていた。


 何をされても、目に煙草を押し付けられそうになっても抵抗しなかった黒崎くん。

 例え命に関わる事態になっても、征一さんを傷つけることだけは有りえない。


 そう思っていたのに、握りしめられた拳は真っ直ぐな軌跡を描いて組み敷いた体へと打ち込まれた。


 だけど。


「………っ」


 その手が、征一さんの肩口を抉ることはなかった。

 もし黒崎くんが本気で力を振るったら、鈍い音が上がったのかもしれない。だけど黒崎くんは一瞬、本当に一瞬だけ、躊躇した。


 そのわずかな隙をついた征一さんが腕をつかみ、逆に黒崎くんを床に押し付ける。

 身体を転がされ、机の脚で頭を打った黒崎くんが顔をしかめた。


「そっか」


 征一さんの右手が床を探る。


「どうしても、離れていくんだね」


 さっき散らばった画材を取ろうとしているのだと気付いて、私は慌てて立ち上がった。嫌な予感が雷のように閃いて、息が弾む。


 けれど、私が両手を手を伸ばそうとした時にはもう、ペインティングナイフを持った手は迷い無く振り下ろされていた。
 
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