そして消えゆく君の声
「何してんだよ、正気かよ!」


 肩をつかんで、そのまま床へと引き倒す。

 強い怒りにぶるぶると身を震わせる黒崎くんを、征一さんは冷めた目で見上げていた。きっちり着込んだ制服の肩口が、埃で汚れている。


「彼女にお願いをしに来たんだ。秀二から離れてほしいって。だけど出来ないって言われて」

「わけわかんねえよっ、日原を巻き込むなんて、何で、こんな……っ」

「それが秀二の、引いては僕の幸せに繋がると思ったからかな」

「だったら俺に言えよっ、何か不満があるなら俺にだけ言えばいいだろ、日原は何も関係ないのに!」


 黒崎くんは本気で怒っていた。


 征一さんに馬乗りになって、見ているこっちが怖くなるほど強く拳を握りしめている。

 うつむいた唇は血の気がなく、ほとんど白くなっていた。


 なのに征一さんの目には、ひとかけらの驚きも滲んでいない。
 

 目をぎらつかせて怒声を上げる黒崎くんとは真逆、冬の海みたいに冷えきった、生気のない双眸を上げると。


「大したことじゃないよ、別に」


 恐怖にカチカチと歯を鳴らす私に視線をやって、長いまつ毛を伏せた。

 引き潮のように笑った口元は、倒れた際に切れたのかわずかに桃色の血が滲んでいる。


「それとも、自分が彼女とこういうことをしたかったから怒っているの?」
 
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