そして消えゆく君の声
「黒崎くん、黒崎くんっ!」


 嘘だと思った。

 信じられない。信じたくない。こんな沢山の血、見たことがない。

 手も顔も制服も真っ赤で、流れる血は止まらない。

 紙のように白くなった唇が吐く息は弱弱しくて、何かの拍子に消え去ってしまいそうだった。


(……やだ)


 最悪の想像が白紙にしみ込む墨のようにじわじわと広がって、心を黒く塗りつぶす。

 怖い。考えたくない。けれど、激痛から逃れるように床に爪を立てる黒崎くんを見ていると――


(早く、早く人を呼ばないと)


 混乱した頭が悲鳴を上げている。

 今すぐ救急車を呼んで、それから保健室に走って……でも、ここからじゃ遠すぎる。今日は部活のない日で、先生が残っているかどうかもわからない。


 もし保健室が閉まっていたら?

 職員室に向かっている間に、何かが手遅れになったら?


(どうしよう…どうしよう……)


 沸騰した鼓動で、こめかみが痛む。恐怖と焦燥がめちゃくちゃに交じり合って、大声で叫びたかった。

 流れる涙をぎりぎりのところで押し留めたのは、急がないと何もかもが間に合わなくなるかもしれない、という思いだけで。


 なのに


 考えのまとまらないまま駆け出そうとした私の腕を引っぱったのは、血だらけの手だった。


「な……」


 濃い灰色のカーディガンに、赤い指紋の跡がつく。

 激しい痛みのせいだろうか、時折びくりと震えながら、それでも手は離れなかった。

 私は首を振って、手の主の名前を呼んだ。


「……黒崎くん……」

「人を、呼ぶのは……駄目だ……」


 片目をきつく押さえながら、黒崎くんは絞りだすような声で続けた。
 
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