そして消えゆく君の声
 散らばった外履きだけが喧騒の名残をのこす靴箱の前で、私はぽつりと考えた。


(……何か、できることってないのかな)


 黒崎くんの気持ちが楽になるようなことをしたい。

 鬱々とした気分がパッと晴れるようなことを。あの日、黒崎くんが傘をかしてくれたように。

 だって、黒崎くんの笑顔って見たことがない。

 私も、雪乃も、きっとクラスの誰もが。征一さんは、きっと何度も見たことがあるのだろうけど。


 どんな風に笑うんだろう?

 いつも通りの、皮肉な笑顔なのかな。

 それとも、子供みたいに笑うこともあるのかな。


「……笑って、ほしいな」


 ささやかな、けれど切実な願いを口にした私の足元で、銀色のバケツが鈍い光を放っていた。
 
< 35 / 401 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop