そして消えゆく君の声
 出会った頃、私はあなたを厚い雲に覆われたような人だと思っていた。


 誰とも話さなくて、笑わなくて。
 だから親切にしてくれたのが嬉しくて、もっと知りたいと思った。それが何を意味しているかなんて、想像すらせずに。


 償えない過去と、守るべき存在。


 二人が望むものを、きっとあなたは知っていた。けれどもどうしても自分を許せなくて、耳を塞いで死んだように生きようとしていた。 


 許すよりも罰を受ける方が余程いいと、傷ついて、耐えて、守ろうとして。

 それでも手のひらからこぼれ落ちた光。



「黒崎くん!」



 もしかすると雲が完全に晴れる日は来ないのかもしれない。一滴の血を垂らした水が元には戻らないように。

 
 それでも。

 あなたは一歩一歩、手探りで自分の道を進んでいく。消えない影を、過去への執着でなく、未来への決意として。いつか許せる自分になることを、ただひとつの贖罪として。


 もう聞こえない声を、胸の奥深くに刻んで。


 そうして生きていくあなたの心と、ずっとともにありたいと思う。私には、あなたを大切に思う気持ちのほかは、何もないけれど。



「……久しぶり、日原」



 明るい光のなかに、穏やかな笑顔が見えた。


(そして消えゆく君の声 終)

 
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