月がてらす道

 早すぎず遅すぎず、程良いスピードで語られるみづほの声によるセミナーは、確かにわかりやすい。昔から思っていたが、彼女は資料の作成や説明が上手だ。大学でサークルの会計を務めていた時に作っていた、部員に配る会計報告書が綺麗で見やすかったことを思い出す。
 あの頃、こんなふうに考えながらみづほの話に耳を傾けたことは、たぶんなかった。ミーティングの時はいつも、近くの席の仲間とだべっていたから、幹部の話はたいてい流し聞きの状態だったから。
 この会社に就職してから、戸惑いの連続だった。
 理由はもちろん、みづほとの再会にある。彼女と同じ会社になるなどとは予想しなかったし、再会した時の彼女のけろりとした態度も想定外だった。そして自分の感情の動きも。
 卒業してからもみづほを思い出すのは、彼女との夜を忘れきれないからだと思っていた。実際、体の相性があれほど良い相手にはその後も出会えなくて、幾度となくみづほを思い出してはその時付き合っていた相手とうまくいかなくなる、そんな繰り返しだったのだ。
 または、罪悪感から生まれる未練なのだと。みづほが納得の上で抱かれたと思っていた頃でも、彼女の気持ちを利用したことには変わりないから、後ろめたさはいくらか感じていたのである。
 ……事あるごとにみづほが気になるのは、男としての欲望から来る感情だと、なけなしの良心が引き起こす後悔なのだと、ずっとそう思ってきた。けれど……
 「私からの話は以上です。何か質問がありましたらどうぞ」
 はっと気づくと、すでにセミナー開始から40分以上が経っていた。資料に書かれていた項目の解説と例示は全て終わったようで、質問タイムに入っている。
 数人の社員の手が上がった。いかにも初心者が聞きそうな当たり障りのない質問と、回答が3人ほどと交わされる。
 「他に質問はありませんか?」
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