月がてらす道
【1】7年ぶりの再会


 ゴールデンウィークが明けてしばらく日数が経った、5月中旬。そんな時期に中途で、しかもそれなりに大きなグループ企業の1社に採用が決まったのは、ラッキーだったと言うしかない。尚隆(なおたか)はあらためて思った。
 「今日から、よろしくお願いします」
 決まり文句で挨拶した後の、お決まりの拍手。それでも、自分はここの一員になったのだという思いが新たになって、気が引き締まる。
 株式会社クロウヂングプロダクト。尚隆が今日から働く会社だ。アパレル業界では大手の、オールクロウヂンググループの中の1社で、ボタンやジッパーなどの部品製作・販売が主な業務だ。ここは地方支社とはいえ、ビルの2フロアを借り切って自社オフィスとしているのだから、業績の好調ぶりが伺える。
 尚隆が半年前までいた会社も、業績の面では悪くはなく、給料もそれなりに出ていた。だが残業代は2年前から、形ばかりのノー残業規則を盾に全く出ず、パワハラを始めとする各種ハラスメントも横行していた。いわゆるブラック企業と化した会社を、意を決して見限る社員も少なからずおり、尚隆が尊敬していた上司や先輩もそうだった。度重なるパワハラによる、仕事の理不尽さに疲れ切っていた尚隆も、彼らに付き従う形で退職を決めた。
 しかし新しい会社を立ち上げるという上司たちの志には、迷った挙句に付いてはいかなかった。自分は次男であるものの、趣味が高じて陶芸家の道へと進んだ兄よりは親の期待が大きく、今のご時世だからこそ安定を求められていると知っていた。それゆえに再就職先も、できるならそこそこ名の知れた企業にすべきだと思ったのだ。前職での営業成績は課内でトップクラスだったし、自信もあった。
 とはいえ、失業保険が切れる前に希望先への中途採用が決まったのは、やはり幸運だったと思う。半年の間、実際に面接へと進める企業は稀だったし、これ以上長引くなら家賃と生活費の補助にアルバイトも必要になるかもしれない、と案じていたから。思った通りに両親を安心させることもできたし、親戚や知り合いにもどうにか格好はついただろう。
 この会社が常識的良心的であることを願いつつ、尚隆は教育係だという男性社員の説明、営業部内の配置とか一日のおおまかなタイムテーブル、製品の発注の仕方などを聞いていた。
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