月がてらす道
【4】彼を忘れられないのは


 翌日、尚隆は少し寝坊し、いつもより1本遅い電車での通勤になった。出社すると、いや正確には会社にたどり着く前から、自分を見てはこそこそと話す人がちらほらいることに気づいた。会社のあるビルに入るとそれは顕著になり、エレベーターを待っている時からそういう連中に囲まれて、自分だけが浮き上がっている感覚にとらわれる。
 訳のわからない居心地の悪さとともに8階で下り、自分の席に向かう。と、営業エリアに入ろうとしたところで森宮が駆け寄ってきた。からかいとも失笑ともつかない、妙な笑みを浮かべて「おいおいおい」と言う。正直不気味である。
 「…………おはようございます、何かあったんですか」
 「何かあったのはおまえだろ。タメ口にしろってのに」
 「それは、じゃなくて、俺がなにか」
 「なにかじゃねーよ。昨日、例の彼女と一緒に帰ったって?」
 「例の彼女、って」
 「主任さんだよ、決まってんだろ。どういうことだよ」


 「何なんですか朝から。どいてください」
 システム課の扉の前から去ろうとしない本庄に、みづほは脇をすり抜けようとしながら言うが、相手は押し戻して譲らなかった。
 「話を聞かないうちは駄目だよ、いったいどういうつもりなのか聞かせてくれないと」
 「どういうって」
 「なんで僕とは付き合えなくて、あいつならいいのさ。理由言ってくんないかな」
 「──だから、言ったじゃないですか。広野くんは大学の同期で、昨日はたまたま退社が同じ時間になったって。それで駅まで一緒に行っただけって」
 「嘘つくなよ、家まで一緒に行っただろ」
 「────どうして知ってるんです」
 「家に入れたの? 朝まであいつと仲良くやってたのか」
 「そんなことしてません!」
 「じゃあなんで家までついてこさせたんだよ、理由言ってみろよ」
 「それは…………」
 あなたがつきまとうから、と本人に言ってしまっていいものか。昨夜みづほを家までつけてきたことは間違いないが、それをあえて指摘しては逆上するのではないか。相手の言葉尻の変化にみづほは、危うい空気を感じ取っていた。
 言いよどむみづほを前に、本庄はもはや苛立つ様子を隠していない。なおも答えないみづほの手首をやおらつかみ、低い声で言った。
 「ふざけるなよ」
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