月がてらす道

 先に、尚隆の分が運ばれてきた。この店はランチメニューが日替わりだが1品だけなので、店員は注文を取らない。席に着けば数分後に運ばれてくる。
 今日のメインである煮込みハンバーグでも、副菜のひじきでもなく、味噌汁に尚隆は口を付ける。椀を置いたタイミングで、思い切ってみづほは口火を切った。
 「──広野くんの話、噂になってるね」
 サラダにのばした箸が、ぴたりと止まる。
 「……何の」
 「半井専務のお嬢さんと、お見合いするって話」
 ああ、と気のない口調の相づちが返ってくる。
 「本当なの、専務に呼ばれたって」
 「………………」
 尚隆はしばらく無言だった。ぼそぼそとした動きで、定食を3分の1ほど食べてからお茶を飲み、ようやく「呼ばれたのは、本当だけど」と答える。
 ああ、本当なんだ。みづほは複雑な気持ちをこらえて、話を続けた。
 「そう、すごいじゃない。半井専務、次の副社長間違いなしって言われてる人でしょ。そんな人に見初められたなんて、広野くんも将来有望って思われたわけよね。絶対、話は受けるべきだと思う」
 ぴく、と尚隆の眉の片方が上がった。しばらく無言が続いた後、おもむろに向けられた視線に、思わずぎくりとする。
 抑えた感情──それが何か、はわからないけれど、今にもほとばしりそうな感情を努力して抑えて、それでも止めきれずにあふれている、そういう目だ。
 ……いや、彼が何を言いたくて言えないのか、本当は気づいている。だが、それを言ってほしいとは思わなかったし、言わずにいてほしかった。
 「──どうしたの」
 「須田は、話受けた方がいいって、思ってんの」
 その口調の抑えた、だが確かに感じる重々しさに、言葉が喉に詰まった。しかし努力して、言うべき台詞を紡ぎ出す。
 「もちろん、そうに決まってるでしょ。こんな機会逃すべきじゃないわよ。お嬢さんとどうしても気が合わないっていうならともかく、いい人みたいだし、とりあえず会って何回かデートしてみれば?」
 努めて明るく、何でもないことだと思っている。そんな風をめいっぱい演出して、みづほは言った。
 ……尚隆は、もしかしたら怒っているかもしれなかった。みづほに対して。実際の真剣度はどうあれ、告白した当の相手に他の女と付き合うことを勧められては、男性の立場からするとバカにされているように感じるかもしれない。
 しかしみづほも真剣だった。
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