月がてらす道
だめですね、と澄美子はようやく取り出したハンカチで、涙を拭った。マスカラが少し、ハンカチに付いたように見えた。
「父や母には、一人っ子だからって甘やかしはしない、って言われながら育てられたんですけど……でも、どこかでやっぱり甘やかされていたんでしょうね。周りが言う『よくできた子』でいるのは楽だったし気分も良かったけど、両親にまでそう言われるのは、窮屈でもありました」
なまじ容姿が良く、何でも器用にこなす能力を持っていたからこそ、誰もが澄美子を「よくできた子」として扱った。一人娘には甘い両親も、周りの評価の高さ、それが与える心地よさに、娘の本質や悩みには気づかなかったのか──もしくは、気づいていたが知らないふりをしたのかもしれない。本人が言わないのをいいことに。
「本当にすみません。……私のこと、初めからご迷惑だったんですよね、父に言われたから会っただけで」
「いや、最終的に決めたのは僕ですから」
申し訳なさそうに言う澄美子の言葉を、即座に否定した。
半井専務との話に圧を感じていたのは確かだが、決して強制されたわけではなかった。澄美子に会うことを決めて専務に話をしたのは、他の誰でもない、尚隆自身だ。その点について謝らなければいけないのは、こちらの方である。
「僕の方こそこんな、澄美子さんを代わりにしたような形にしてしまって、申し訳ありません」
「いえ、……まあ確かに、それについては文句のひとつも言いたいとは思いますけど」
でもやめておきます、と澄美子はまだ涙目のまま、笑う。
「何か言っても私の株が下がるだけで、広野さんの気持ちは変わりませんものね?」
「え。あ、その」
「好きな方って、可愛らしい方ですか」
「可愛い──というか、綺麗ですね彼女は」
「私よりも?」
「ええと、澄美子さんとはちょっとタイプが違ってまして。彼女も美人ではあるんですけど……見た目よりも、生きる姿勢が綺麗だなって、ずっと思ってたんです」
そう、みづほに惹かれたのは、気づいていなかった可愛さに気づいたからだけではない。いつだって背筋を伸ばして、まっすぐに凛とした眼差しで見つめる、そんなふうに彼女が保つ姿勢、生き方を美しいと思ったのだ。
そうですか、と澄美子がため息をつくように応じた。
「これから、どうするんですか。その方、会社辞めてしまったんですよね」
「ええ」