月がてらす道

 「私は何も言ってませんし、聞いてませんけど……もしかしたら、父が知って何か圧力をかけたかもしれませんね。だとしたらごめんなさい」
 「それは澄美子さんのせいじゃありません。原因は僕です」
 「……差し出がましいですけど、協力いたしましょうか。父に頼めば連絡先ぐらいは」
 「いや、そんなこと頼める立場じゃありませんから。それにたぶん、じきにわかると思います。昔の知り合いから彼女の友達に、調べるよう頼んでもらってるので」
 それよりも、今やらなければいけないのは。
 「専務、いやお父上、今日はお宅にいらっしゃいますか」
 「ええ、はい」
 「今から訪ねてもいいでしょうか。きちんと、会って断りを申し上げたいんです」


 4月が近づいても今年は気候がしつこく冬から変わらなかったが、ここ数日やっと春めいてきた。風に混じる冷たさが暖かさに取って代わり、道に残っていた雪もすっかり溶けている。昼休みが終わる5分前に、みづほは職場に戻った。
 「ただいま戻りました」
 「あ、みづほちゃん。ちょうどいい所に。受注メール来たみたいなんだけど見られなくて」
 「わかりました社長、すぐチェックします」
 「叔父さんでいいって言ってるのに」
 「そういうわけにはいきません。仕事ですから」
 みづほはきっぱりと言う。相手は勤め先の社長に違いないのだから当然だ。当の社長は「みづほちゃんは真面目だなあ昔から」と、もはや決まり文句になった一言を今日も繰り返している。
 実家がある町中の、カトラリーやその他ステンレス製品を作る工場に併設された、事務所兼販売所。そこがみづほの、現在の職場である。叔父、みづほの父の弟が、妻(叔母)の実家を継ぐ形で今は社長を務めている。跡取り修行を兼ねて販売部長をやっている従兄弟の一人が、みづほの直接の上司だった。といっても2歳しか違わないし、昔から兄妹のように接していた相手である。
 実家に戻ってきてすぐ、叔父と従兄が訪ねてきて、もし仕事が決まっていないならうちで働かないか、と打診された。みづほが前職でシステム管理をしていたことを聞いていたらしい。外注に出している、会社のサイト作りやサーバ管理を任せたいということだった。実家とはいえただ飯食いの立場では気が引ける、けど仕事はどうしよう、と思っていたところだったので、二つ返事で引き受けた。
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