契約妻失格と言った俺様御曹司の溺愛が溢れて満たされました【憧れシンデレラシリーズ】
そんないつもの自分らしくない決断が、いったいどこからくるものなのか、その原因に和樹は思いを巡らせている。
 
世界を股にかけるグローバル企業の副社長夫人という座にいながら、贅沢な生活に身を任せず堅実な生活を続けていた彼女に対する信頼か。
 
あるいはそれ以外のなにかなのか……。

『素質がなければ、努力しても意味がない』

と彼女は言った。そう言われてはじめて、和樹は彼女の容姿を興味を持って見たのだ。
 
彼女の言うことはもっともだ。彼女が契約相手として信用できるのは確かだが、妻を演じるための素質がなければ意味がない。
 
そうしてじっくり見てみると、確かに楓は、今まで和樹がかかわってきた女性たちとはまったく違っていた。

言葉を選ばすに言えば地味で平凡で飾り気がなさすぎる。
 
……だが。
 
楓の顎に触れた自分の右手ジッと見つめて、和樹はあの時の自分を思い出す。
 
戸惑いの色を浮かべて自分を見つめる澄んだ瞳に、吸い込まれそうな心地がした。
 
華奢な肩に散った艶のある黒い髪に、触れたいと思ったのはどうしてだ?
 
無垢を感じさせる甘い香りは、心が洗われるようだった……。
 
首を振り、和樹はその考えにストップをかける。

それがどのような感情かは不明だが、この契約には関係がない。
 
人差し指でトントンとデスクを叩き、和樹は再び考える。

どんなに込み入った案件でも、こうしてじっくり考えれば必ず答えが出るはずだ。

だが今は、どうしても考えがまとまらなかった。
 
……結局その夜、不安そうに自分を見ていた楓の姿がチラついて、和樹は答えに辿り着くことはできなかった。
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