へクセ─────レネディール最後の魔女

1話 許されざる異邦人

仕事を辞めてから、私こと白鷺エマは都心から遠く離れた山間の温泉街────その外れにひっそり建つ木造モルタル製のアパートで寝起きしている。
そこに通っているのは電気と水道のみで、電話線は敢えて引いていない。

長閑な古い温泉街には昔ながらの個人商店や酒屋、自転車屋なんかが軒を連ねていて必要最低限の買い物は生活雑貨や食品を主に扱う個人商店で済ませている。
独身女の一人暮らしだから、娯楽なんかは読み古した小説本さえあれば満足だ。
世捨て人のように世界の片隅で気ままに寝起きして、飽きて眠くなるまで薪ストーブの傍で本を読んで過ごすだけ。
そうやって、ただ静かに生きていられたら、それでいい。
もう誰にも、構われたくないのだ。

「もう、あれから11年か…」

みぞれ小雨がアパートの屋根を打つ音に耳を傾けながら、エマは思い出せば笑えるほど幸薄い自分の半生を省みて、深い溜息をついた。
短い人生で幸せだったのは、両親と妹と過ごしたほんの僅かな時間だけ。

今から11年前の夏、家族旅行の帰途で搭乗した那覇空港発羽田空港行きの飛行機が滑走路への着陸を失敗し、墜落。
その事故で重傷を負い、結果的に何とか一命を取り留めたが───代わりに両親と妹が死んだことを知らされたのは、合同葬儀や諸々の手続きが既に済んだ後だった。
たかが中学生の孤児(コドモ)が身を以て理解したのは、生きるか死ぬかなんていうものは所詮、運でしかないということ。
後になって知ったのだが、乗員乗客152名中……生存者は自分を含めた3名のみだったそうだ。
誰もいなくなった生家に幾度となく謝罪にやってくる黒スーツに身を包んだ大人達に覚えたのは、怒りでも悲しみでもなく、底知れない疑問と絶望。
そして…不幸なんてものは明日は我が身であり、どこにでも転がっている“ありふれたモノ”でしかないという現実の冷たさだった。

今が何年何月何日なのかを判別する感覚などとっくに麻痺して、ゾンビのように徘徊しながら家族を宛もなく探し歩きながら生きていたある日…多額の慰謝料(カネ)の匂いに誘き寄せられた叔母一家が同居を提案してきた。

『中学生が1人で暮らすのは大変でしょう。それに、姉さんが遺したアンタが心配なのよ』

薄汚い笑顔を張りつけ、心底心配をする“フリ”を装いながら真の悪人は善人の顔をして近づいてくる。
心配だなんて、見え透いた嘘だ。そんな事は少しも思っていない癖に。そんなヤツらに奪われてなるものか…と、もちろん今までどおり生家で暮らす権利を訴えて抵抗した。

『はあ?やけに反抗するじゃねぇか……親ナシのテメェなんか、どうにでもなるんだよ!ガキのくせに一丁前に欲出してねえで、大人しくさっさとカネよこせ!!カネってのはなあ、大人が使ってこそ価値があんだよっ』

『ウチらが拾ってやるって言ってんの。感謝してよねぇ?』

…したけれど、たかが子供の抵抗など知れている。どうしたって大人の腕力に敵う訳もなく、一家全員に寄って集って殴り蹴り上げられた。
身体の痛みに動けずにいる自分(わたし)を嘲笑いながら…叔母一家は土足で屋内に踏み入るに飽き足らず───傲慢にも父母や妹の家財を全て捨てると慰謝料が振り込まれている通帳を毟り取ったのだ。
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