名前のない贄娘
椿は再会した男性を抱きしめ返すことなく、冷めた目をして男性にただ抱きしめられていた。

その冷酷なまでの椿の態度に男性は椿の目を見て怯え出す。

そして近くに立っていた土地神と呼ばれる男の
胸ぐらを掴むと怒声を当たり散らした。


「椿に何をしたっ!!?」

「別に、何も」

「嘘だ! 椿がこんな態度を取るわけがない! 椿はっ……!」

「もっと従順で可愛げのある存在だった、とでも言いたいの?」


椿は男性の手首を掴むとあらぬ方向へ捻った。

男性は痛みに顔をゆがめ、椿の手をなぎ払うと後退り、腕に手を当てた。


「椿……お前は……」

「私、もう自分に嘘はつかないことにしたの。あなたが知ってる椿は死んだ。ここにいるのはあなたへの愛なんてとっくに捨てた椿だけよ」


二の腕を組み、堂々とした格好で椿は男性に吐き捨てた。

男性は地面に膝をつき、ゆっくりと座り込む。

それに対し椿はひどく冷静なまま、土地神と呼ばれる男の元に歩み寄り、膝を折り曲げなが頭を垂れた。


「申し訳ございませんでした。貴方様の前でお見苦しいところを」

「いや、実に面白かった。それで椿よ。お前の答えは?」

「……旅に出たいと思います。この村は私にはつまらない」

「そうか。なら存分に楽しむのだな」

「はい」


椿はスッキリとした顔をして、凛々しく笑った。

この村も、あやかしの世界も、椿には求めているものはなかった。そう結論付け、椿は背伸びをすると少女の前に歩み寄る。

にこりと微笑むと椿は少女の肩を叩き、励みを口にした。
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