名前のない贄娘
近くにいた村人たちが突如として現れた少女たちをみてざわつき出す。

誰一人近寄ろうとはしなかった。


「あれは椿ちゃんじゃあないかい。贄に出されたはずじゃぁ」

「もう1人の方も贄に出した娘のはずだ」

「なんて美しい。贄の傍にいるのは……土地神様なのか?」


ざわつきだす村人は増えていき、いつの間にか少女たち三人は村人に囲まれていた。

それに対し、男はいつまでたっても口を開こうとはしない。

先に事が起こったのは女の方であった。



「椿っ!?」

「……っあんた」


長身の黒髪の男性が女に近づいていく。


男性は村人の輪をくぐりぬけると女の元へと駆け寄り、そして抱きしめる。


「すまないっ……本当にすまない!」

「っどの口が聞いてるのよ!」

「俺は、あの時のことを後悔しているんだ!」


男性と椿は恋人同士であった。

しかし椿の家は貧しく、男性がどれだけ周りを説得しようと二人の結婚は認められなかった。

そんなときに決まったのが土地神様への贄のことであった。

村の役人による協議の結果、選ばれたのは貧しくも美しい容姿をした椿であった。

すぐさま椿は贄として森に送られることとなった。

そう決まっても男性が椿の前に現れることはなかった。

椿は覚悟を決め、贄となる道を選び、最後の願いとして白無垢を着ることを望んだ。

恋人が助けにも来ない美しい女性を哀れんだのか、椿を森へと送るのに同行したものが白無垢を用意し、簡単ではあるが化粧も施した。

森へと一人入り、石棺に身体を沈ませていると、まるで棺桶にでも入れられた気分であった。

石棺に入るとすぐに眠気に襲われ、椿は眠った。



ただ、貧しいからと、椿を人として扱わなかったことへの憎しみを抱き、贄となった。


普通ならば怨念となり死ぬところであったが、椿は儀式を乗り越えた。

次に目を覚ましたときにはもうそこは知らない世界であった。

重たい白無垢を着て、姿勢を真っ直ぐにすると椿は艶やかに微笑み、近づいてくる男と少女を迎えたのであった。
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