狂愛メランコリー

 すっかり気が滅入っているのは、それだけが理由じゃなかった。

「向坂くん……」

 彼の行動に少なからずショックを拭えないのだ。

 悪意があったわけではないということは分かっている。

 それでも────まさか、理人を殺そうとするなんて。

「…………」

 もう、時間がないのかもしれない。

 ループを繰り返すほど、私と理人だけでなく、巻き込んだ人の歯車まで狂わせてしまうのかも。

(向坂くんがあんなことをしたのは、私のせいなのかも……)

 自分のせいで傷つかなくていい人が傷ついた。罪を犯した。

 重い身体を持ち上げ、ベッドから下りる。

 晴れない気分で支度と朝食を済ませ、早めに家を出ると、門前で理人を待った。

 もう“前回”みたいな小細工はしない。寝坊したふりも、駄目な私も必要ない。

(終わらせるんだ)

 ループはもう、今回きり。

 結末は私が決める。



 いつもなら連絡をくれる時間になっても、理人からは何のアクションもなかった。

 不安が込み上げ、私はスマホのロック画面を確かめる。

 4月28日────ちゃんと巻き戻っている。

(大丈夫、だよね……?)

 “前回”の最後、確かに理人は瀕死の重傷を負っていた。

 向坂くんに刺され、大量に出血していた。

 でも、彼が力尽きるより先に、私が自ら死んだ。

 きっと、ナイフで自分の心臓を刺さなくても、あのままいたら私は毒で死んでいただろう。

 だけど、それでは間に合わなかったかもしれない。

 先に理人の命が尽きていたら、このループがどうなるか分からなかった。

 “次”がある保証がなかった。

 私はあのとき、理人を守るために自殺したんだ。

「あ……」

 そのとき曲がり角から姿を現した理人は、少し怯えたように、警戒するように、私を見た。

 まだ出方や態度を迷っている最中だったのかもしれない。

 私から鏡を奪えないまま“昨日”が終わったから。

「理人……」

 つい、安堵の息をついてしまう。

「無事でよかった」

「…………」

 理人は何も言わず、困ったように視線を泳がせた。

 彼の殺意を知ってもなお、私が恐れたりせず普段通りでいるからだろう。

 今までと違う。

 だから、戸惑っている。接し方を決めかねている。
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