狂愛メランコリー

 理人の表情が強張った。

 驚いたように瞠目し、首を横に振る。

「嘘だ、ありえない……。菜乃の“一番”は僕じゃなきゃ……」

 縋るように伸ばされた彼の手から、私は咄嗟に後ずさった。

 逃れるように。拒絶するように。

 ────いつから、私たちの歯車は狂い始めていたのだろう。

 ただの幼なじみと言うには少し近過ぎて、どんどん依存するようになって、異様な関係性になっていって。

 いつからかは分からないけれど、この瞬間が分岐点になったのは確かだ。

 歪み始めていた歯車はこのとき、音を立てて壊れた。

「……っ」

 瞠目してしばらく黙り込んでいた理人が、ややあって一歩踏み込む。

 ガッ、と両手で勢いよく私の首を掴んだ。

 ぎりぎりと締め付けられ、息が出来なくなっていく。

 彼の色と温度を失った顔は、何の表情も浮かべていなかった。

 でも、その瞳には深い悲しみの色が広がっている。

 嘆くようで、責めるようで、打ちひしがれるような、複雑な暗色が混ざり合っていた。

「う、ぅ……」

 痛い。苦しい。苦しくてたまらない。

 でも、理人もすごく苦しそうだった。

(何で……)



 戸惑いと混乱に明け暮れながらも、私は死に際に強く願ったのだ。

 もう一度、やり直したい────と。



*



「!」

 アラームが鳴り響いていた。

 はっと目を覚まし、起き上がる。

「う……」

 何だかお腹の底が気持ち悪い。

 もちろん気のせいなのだけれど……“前回”ココアに仕込まれた毒を飲んだせいだ。

 心臓が突き刺すように痛んだのも気のせい。

 記憶が見せる幻。

「…………」

 重いため息をつき、私は頭を抱えた。

 今の夢は────。

(ループが始まったきっかけ……?)

 最初の記憶だ、と直感的に思った。

 初めて理人に殺された日の記憶。

「……じゃあ、やっぱり────」

 “やり直したい”と、私が願ったことでループが始まった。

 これは私が作り出したループだったんだ。

 理人に殺される結末を覆すため。あらゆる選択をやり直すため。

 迫り来る“死”からの逃避(エスケープ)

 そう思い至ると同時に、あることに気が付いてしまった。

 “昨日”の憶測は正しい。

 私に残された選択肢は2つだ。

 理人を殺してループを終わらせるか、自分が死を受け入れるか。
< 100 / 116 >

この作品をシェア

pagetop