狂愛メランコリー

 教室へ入った途端に理人から呼ばれ、はっと顔を上げる。

 女の子たちに囲まれていた彼はその輪を抜け出し、慌てたようにこちらへ駆け寄ってきた。

「心配してた。中庭にも教室にもいないから、捜しに行こうかと……」

「ごめんね」

 席に座りながら謝った。

 こんな気分になるくらいなら、大人しく教室にいた方がよかったかもしれない。

 そうしたら、あんな無神経な人と関わることもなかった。

 一瞬でも心を許しかけた自分が馬鹿みたいだ。

「……何かあった?」

 前の席に座りつつ、理人が首を傾げる。

 連なっていた彼女たちは、私に冷ややかな視線を残して散っていった。

「何でもない」

 何となく向坂くんのことは言い出しづらく、私はそう答えていた。

 感情を隠し、いつも通りを装おうとするほど、相反して声色も態度も淡々としてしまう。
 むすっとしている自覚はあった。

「本当に? 大丈夫?」

「……大丈夫だよ」

 頷いても、理人には終始案ずるような眼差しを向けられた。

 なぜか不意に、向坂くんの言葉が蘇る。

 ────“共依存”。

 ……理人はただ、優しいんじゃないの?

 私に過保護なのは、頼りない私を心配してくれているからじゃないの?

「…………」

 そうじゃないとしたら、私を信用していないってこと……?

 思わず彼を見上げた。

 向坂くんとは違う、色素の薄い柔らかい双眸。

 幼い頃から変わらない、あたたかい眼差し。

 その目には、確かに私が映っている。少しも揺らぐことなく。

「菜乃?」

 不思議そうに彼が名を呼ぶ。

「……本当に何でもないよ」

 私はほんのりと笑いながら、もう一度繰り返した。

 ……ありえない。

 理人が私を信用していない、なんて。

 だって、こんなに長く一緒にいて、こんなに仲が良い。

 理人も私も、お互いの一番近くにずっといるんだ。

 信じていなければ、もうとっくに離れている。

 ────彼は優しいだけだ。

 彼を必要とする駄目駄目な私に、応えてくれているだけ。

 それは、共依存なんかじゃない。
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