狂愛メランコリー

 意地悪な笑い声がこだまする。

 なるべく、頭の中と心を空っぽにしようとした。

 そうしなければ、悪意にまみれた言葉の数々に飲まれてしまう。

 侵食されて、潰れてしまう。

「何とか言ったらー?」

 輪の中の一人が、どん、と私の肩を小突いた。

 一歩後ずさり、よろめく。

「だっさ」

「三澄くんも三澄くんだよね。何でこんな奴なんか……」

「騙されてんだって、可哀想に」

 そう言った彼女の手が再び私に伸びた。

 避ける間もなく突き飛ばされ、地面に倒れ込んでしまう。

「だからさ、うちらが目を覚まさせてあげないとじゃん。こいつは所詮、薄汚い“灰かぶり姫”なんだって」

 彼女はローファーのつま先で思い切り地面を蹴った。

 土埃が舞い、ばしゃ、とまともに私にかかる。

 咄嗟に庇うように腕で覆ったけれど、あちこちに黒い粒が飛んだ。

「……っ」

 歯を食いしばり、拳を握り締めた。

 自分が悲しいのか、悔しいのか、怒っているのか分からない。

 とにかく昂った感情が、きゅっと喉を締め付けた。

 ゆらりと視界が揺れる。

「あれー? 泣いちゃう?」

「いいね、惨めで。超お似合いだよー」

 彼女たちの笑い声が、きんきんと耳鳴りのように反響した。

『……頑張ってるよ、お前は』

 その狭間で思い出す。

『うまくやるんだろ? だったら、俺も遠慮しない』

 勇気と自信を、少しだけ────。

「……して」

 気が付くと、唇の隙間から言葉がこぼれていた。

「は? 何て?」

「いい加減にして」

 顔を上げ、決然と告げた私に余程驚いたのか、彼女たちが怯んだのが分かった。

 でも、この場にいる誰より自分が一番びっくりした。

「理人が好きなら、正々堂々そう言ったらいいじゃん! 私に八つ当たりしてないで、その労力を別のことに使いなよ!」

 しん、と水を打ったような静寂が落ちる。

 ばくばくと早鐘を打つ心臓が何だか熱かった。

 100メートルを全力で走ったみたいに苦しくて、肩で息をしていた。

 それでも、もう怖くなんてなかった。

 こんなの、死ぬことに比べたら全然なんてことない。

「何よ! 偉そうに────」

 彼女が掌を振り上げた。

 反射的に身を強張らせ、目を瞑る。

「……おい、もう黙れよ。うるせぇな」
< 61 / 116 >

この作品をシェア

pagetop