狂愛メランコリー

第11話


 アラームの時間通りに目を覚まし、準備と朝食を済ませる。

 門の前で理人を待ちながら、スマホのロック画面を見た。
 4月29日。

 緊張を落ち着けるように深く息をつく。

(……大丈夫)

 殺されるとしたら、明日だ。

 昨日はつい動揺して怯んでしまったけれど、今日はうまくやる。

 怖がっている場合じゃない。

 今回は、殺されてもヒントを得ることが目的なんだ。

「おはよう、理人」

 私を起こすメッセージでも入力していたのだろう、スマホ片手に俯きながら歩いてきた彼に声をかける。

「……おはよう。早いね」

 驚いたようにわずかに目を見張り、歩み寄ってきた理人はスマホをポケットにしまった。

「ちょっと、頑張ってみようかなって。自分一人でも」

 勇気を出して告げた。

 本心だけれど、どこか探るような言い方になってしまう。

 理人の意に反することを分かっているからだ。

 その反応を窺いたかった。

「……そっか」

 意外にも淡白なものだった。

 彼はそれ以上、言葉を続けない。

 否定的とも肯定的とも取れない態度に戸惑ってしまう。

 どうしたのだろう。
 器用な理人らしくない。

 釈然としないまま、そんな調子の彼と世間話を交わしながら歩くと、すぐに学校へ着いた。

 昇降口を抜け、階段を上る。

 教室の前の廊下へ来ると、足を止めた理人が私を振り返る。

「じゃあ、またあとでね」

 ぽん、と頭に手が置かれた。

 温もりを感じる間もないまま離れ、理人はB組の教室へ入っていく。

(何……?)

 昨日はむしろ近過ぎるくらいだったのに、今日は何だか遠く感じる。

 突き放されているわけではないけれど、一定の距離を保つよう線を引かれているようだ。

 まさか、何かに気付かれた……?



 困惑を拭えず立ち尽くしていると、ふと数人の足音が近づいてきた。

「ねぇ、ちょっと」

 気付けば、一様に不服そうな表情を浮かべた女の子たちに囲まれていた。

 冷たい声色や蔑むような眼差しに晒され、萎縮してしまう。

 彼女たちに促されるまま、私はついて歩いた。

「三澄くんに見られなかった?」

「大丈夫だって」

 誰かの囁く声が耳に届く。

 ……予感がないわけではなかった。

 彼女たちは理人のことが好きなのだ。そういえば、昨日の朝も彼のところにいたかもしれない。



 旧校舎の方へ続く渡り廊下を抜け、裏庭で足を止めた。ここは人気(ひとけ)がない。

 くるりと振り向いたリーダー格の女の子が、腕を組んで高圧的に私を見下ろす。

「あんたさ、何なの? 昨日といい今日といい、三澄くんとベタベタして。あたしたちに見せつけてんの?」

 こんなふうに目をつけられ、面と向かって(そし)られることは、過去にもあった。

 気の弱い私は無視も反論も出来ず、ただ彼女たちの気が済むまで罵詈雑言を浴びるしかなかった。

 黙って嵐が過ぎるのを待つしかなかった。

「彼女気取りかよ。身の程わきまえろっつーの」

「マジでムカつくんだけど。わざわざあたしたちの目の前で、ってのが」

「本当、性格悪いぶりっ子だよねー」
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