狂愛メランコリー

「……大丈夫? 何があったの?」

 理人はいつもの優しい表情で尋ねる。

 私は思考を止め、小さく首を横に振った。

「よく、分かんない……。廊下で向坂くんに見つかって、無理矢理連れてかれて」

 言いながら思い至る。

 もしや、私が一人になるのを見計らっていたのだろうか。

「そっか。何もされてない? 怪我とかもしてない?」

「それは大丈夫」

 理人が来てくれたお陰で事なきを得た。

 床に散らばる欠片に目をやる。

 不機嫌そうな向坂くんの表情が、彼に掴まれた手首の感触が、何度も蘇ってくる。

 そのたびに強い不安感に苛まれた。



 放課後になると、向坂くんを避けるように急いで学校を出た。

 しかし、どうせ家は知られている。道を変えても無駄だ。

 校門を潜るときはかなり急いだが、今は逆にゆっくり歩いていた。

 なるべく長く、理人といられるように。

 今は一人になりたくない。

「あ、そういえば知ってる? 駅前に新しいお店が出来てたよ」

「そうなんだ……」

「ケーキ屋だったかな。菜乃が好きそうな感じ。今度寄って行こっか」

「……うん」

 なるべく普段通りの話題を振ってくれているのだろう。

 しかし、私には余裕がなかった。

 彼の気遣いを無にしてしまうような生返事しか出来ない。

「菜乃」

 不意に理人が足を止める。

「……また彼のこと考えてるの?」

「だって────」

 他ごとを考えようとすればするほど、頭の中を侵食してくるのだ。

 向坂くんの言葉や態度は、明らかに普通ではないから。

 私は一旦口を噤み、俯く。

「……予知夢って、あると思う?」

 呟くように問い、理人を見上げた。

「予知夢?」

「実は私、夢を見たの。誰かに殺される夢」

 これほど彼のことを気にしてしまうのは、それも原因の一つだった。

「夢なんだけど、すっごくリアルで。絞められた首が痛くて苦しくて」

 そっと首に触れる。

 その感覚が残っているようで、ひりついた気がした。

「……誰に殺されたの?」

「それは覚えてないの。でも、もしかしたら向坂くんなんじゃないかなって」

 理人は即座に笑い飛ばしたりすることもなく、突飛な私の話を真面目に聞いてくれていた。

 ややあって、彼が口を開く。

「……そっか。確かにそうかもしれないね」

 謹厳な面持ちで眉を下げる。

 少し意外な反応だった。

 彼なら“気にすることないよ”と微笑んだりするかと思った。

「タイミング的にも妙にしっくり来るし、関係あってもおかしくないよね」
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