壁にキスはしないでください! 〜忍の恋は甘苦い香りから〜

***


番の木が立つ草原を走る。

じゃれあうように蒼依と笑いあう日々がいとおしかった。



「蒼依くん、見てくださいな! 私、新しい忍術が出来るようになったのですよ!」

「どんなの? 見せてよ」



誇らしげに笑う葉名に、蒼依は穏やかに微笑みかける。

葉名は深呼吸をし、指を交差させた構えをとった。



「視界封じ! 花よ、舞えっ!!」



風を呼び起こし、中心から花びらがあふれ出す。

ひらひらと乱れ舞う花びらは視界を幻想へと連れていく。

花びらが草の上に落ちると、一枚つかみ取り蒼依は感嘆した。


「……キレイだな。 自分で考えたのか?」

「うん。蒼依くんをイメージしてるんですよ?」

「俺を?」


舞った花びらは青色だった。

珍しい色に溺れそうになる感覚があった。


驚く蒼依を見て、葉名は嬉しそうに無邪気に笑った。



「だってキレイでしょう? 私にとって蒼依くんは本当にキレイな人ですから」



葉名にとって蒼依は光り輝く人だった。

そんな蒼依を表現出来たらと思い、葉名は試行錯誤して独自の忍術を身に着けたのであった。



「本当は美しい海を表現したかったのですが、私は海を見たことがございませんので」

「葉名っ!!」

「きゃっ!?」



たまらず蒼依は葉名を抱きしめる。

肩に顔をうずめ、それは幸せそうに笑っていた。




「好きだ、葉名。大好きだ。絶対……絶対に夫婦となろう」

「……」



葉名もまた、蒼依の背に手を回し抱きしめ返す。

だが蒼依の言葉に返事は出来なかった。


憂いた表情をし、まつ毛をそっと伏せる。

包み込むぬくもりに喉が焼けた。




(返事の出来ぬ私は……ずるい。枝が結び付けばきっと私も……)

――素直になれるのでしょう。


そんな風に夢をみたからなのか。

身の丈にあわぬ大願を抱いた天罰なのか。



――大樹の下、16の年となった1の月。

積雪を踏みながら見上げた番の木は葉名の枝に答えを見せていた。

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