Melts in your mouth
始業時刻前のオフィスは余りにも静かだ。髙橋編集長がいないだけで、世の中が終焉を迎えたのかと錯覚する位には静寂である。
「何でこんな早く出勤してんの?まだ始業前じゃん。」
「永琉先輩も早く来るだろうなと思ったからですよ。」
「は?」
「今日、印刷所に入稿ですよね。誤字脱字チェック手伝います。永琉先輩、いつも一人でやろうとしないで頼ってください。」
この後輩はいつもそうだ。
人に甘える事のできない可愛くない私の性格を理解して、当たり前の様に手を差し伸べてくれる。何の嫌味もなく、助けてくれる。
「これ、きょうのお弁当です」そう言ってマウスに触れている私の手の近くに可愛い紙袋を置いた平野は、頬を緩めて甘い笑みを浮かべている。
全てをそつなく器用にこなしてしまう生意気なこの男がどうかくたばってくれますように。そんな呪いにも似た願いを抱いていた日々が懐かしく感じる日がくるなんて、思いもしなかった。
「……ムカつく。」
「何で!?!?頼りになる後輩に胸キュンして恋に落ちる所じゃない!?!?」
起きて数時間しか経ってない癖に騒々しい相手の美しい顔を視界に捕らえた私は、気づかれない程度に小さく息を吸って吐いた。