Melts in your mouth
ホームとも呼べる編集部のオフィスに戻ると、一番最初に嫌な奴が目に入り、自然の摂理で眉間に力がこもった。
まだ昼休憩終わるまで時間あるのに何で平野がいんの?最&悪。
「永琉先輩お帰りなさーい。」
酷く退屈そうにホワイトボードに落書きしていた平野は私の存在に気付くなり、ふにゃりと蕩《とろ》ける様に口許を緩めた。どうでも良いけど落書きにしちゃ大分絵上手いな。画力まで高いって何者なのこいつ。
前に平野の担当している漫画家先生と話す機会があった時に「平野さんがアシスタントさんよりアシスタントしてくれて助かってます」なんて言っていた事があって、あの時はその意味が解せなかったけど…確かにこの画力なら漫画のアシスタントもできるな。
しかもやけに惹きこまれる魅力的な絵を描くんだな平野って。繊細なタッチだし、線の一本一本がとても丁寧だ。ふざけてばかりいる平野の印象とはかけ離れたギャップのある絵に、ちょっとだけ魅入ってしまう。
「平野お昼食べてないの?」
「食べましたよ?暇だから早めに戻って来たんです。」
「昼くらいゆっくり休めば?」
「えー、だって、早く帰って来たら永琉先輩に一分でも早く会えるかなって思って。」
「何言ってんのあんた。別に早く会わなくてもほぼ毎日顔合わせてるじゃん。」
「はぁ…永琉先輩ってつくづく鈍感ですよねぇ。」
「あん?」
明瞭な溜め息を盛大に吐き出され、私の額には青筋が浮かぶ。
やれやれと言わんばかりに両手を挙げて首を横に振った平野は、私の視線を双眸で絡め取った。
「俺は一分一秒でも長く永琉先輩と一緒にいたいんです。」
「……。」
「やっぱ、早く帰って来て正解だった。」
“だってほら、こうしていつもより早く可愛い永琉先輩に会えた”
私達以外に人がいないせいだ。きっとそのせいだ。
平野の声がやたらと耳に纏わり付くのも、私の鼓動の音が若干騒がしく感じるのも、私達を包む静寂のせいだ。いい加減な平野に対して胸が高鳴っている訳ではない。