Melts in your mouth


両頬に空気を溜めて膨らませている相手はまるでハムスターみたいだ。そんな表情してもイケメンフェイスは崩れないのかよ。遺伝子最強だな。


プリプリと怒っているっぽい雰囲気を醸し出している平野から目線を逸らして、スタスタと足を早めた私は自分のデスクから必要な物を取ろうと思っていたというのに、どういう訳か初めて見る原稿が既にデスクに置かれていた。


あれ、昼休みに入るまではこんなの置いてなかったんだけど…そして一体全体誰の原稿なのこれ。見覚えもなければ心当たりもない。月刊誌『sucré』にはこんな作画の漫画家さんはいない。



怪訝に思いながらも原稿を手に取ってパラパラと捲る。読み切りなのにしっかりと物語に深みがあって、絵も綺麗だ。キャラクターも引き立っているし、台詞にも魅力がある。



「かなり良いですよねー、この人の作品。」

「肩重い。」

「作画もsucréの読者受け良さそうじゃないですか?」



おい話聞けよ。


いつの間に移動して来たのか、私の肩に顎を乗せて手に持たれている原稿へ視線を落とす平野の言葉は、悔しいが私が思っている事と完全に一致していた。



「これどうしたの?」

「永琉先輩に原稿持ち込みする予定だった人が、時間の都合で早めに来ちゃってて丁度俺が対応できたんで勝手に面談と原稿チェックしちゃいました。あは♪」



あは♪じゃねーよ、そんな大事な話は何よりも優先的にしなさいよ。平和ボケ満載の口調に全身が脱力してしまいそうになった。この男といると私の数少ないHPが削られる一方である。



「ちょっと手直しは必要っぽいけどかなり良い。この人帰られたの?名刺渡して夏の単発読み切り掲載できるか打診したい…「そう言うと思って、代わりに俺が話つけておきました。永琉先輩のスケジュールに余裕がありそうな来週の火曜日にもう一回ここに来てくれるみたいなのでそこで詳しい話をしたら良いんじゃないですか?」」



隙のない平野の仕事ぶりに、顔がぐしゃりと歪む。

全く、何処までもいけ好かない奴だ。どんな仕事でもいとも容易にこなしてしまう器用な平野は、それを鼻にかけもせず威張りもしない。さも当然かの如く涼しい顔でやり遂げてしまう。


そんな厭味なあんたが、私は苦手だ。横へ視線を向けただけで視界いっぱいを埋め尽くす端麗な相手の顔。長い睫毛は放物線を描いていて、瞬きする度に風を煽いでいそうだった。


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