Melts in your mouth



「平野って絵描けるんだね。」

「sucré編集部で働く時にすこーしだけ勉強して(かじ)りました。」



へぇー、常に余裕たっぷりなこの男でも事前に仕事の予習とかするもんなんだな。ちょっとだけ見直した…かも。


にしても少し勉強して齧っただけでこんなに綺麗な絵を描けるもんなのか?私なんて漫画家先生の手伝いができる様になるまで家で寝る間も惜しんで絵を描いて、描いて、描きまくってどうにかこうにか技術を身に付けた。

マンガ自体が私にとって未知の世界だったから、誰の足も引っ張りたくない一心でこそ練ばっかりしてた。学ぶ事が多くて新人の時は徹夜が当たり前だったな。


今でこそ目を細められる位に懐かしい思い出と化しているけど、あんなスケジュール今の歳でやったら普通に過労死してる自信ある。そう考えると、私は自分が想像していたよりもずっと長い間このsucré編集部に在籍してんだな。



時間の流れってあっという間だわ…そりゃあ三十路も目前に迫っている訳だ。



「ふふっ、これ、永琉先輩をモデルにしてます。」

「え?なんて?」



聞き間違いか?知らず知らずのうちに疲れが溜まって私の聴覚が異常をきたしてんのか?


鼓膜が拾った言葉がどうか間違いでありますようにと胸中で全力祈祷する私を余所に、ホワイトボードに描かれている天使の頭上に専用のマーカーで輪っかを加えた平野の顔には、これで完成だと書いてあるみたいだった。



「だーかーら、永琉先輩をモデルに描いたの。どうですか?俺、結構頑張ったんだけど?」

「どうもこうもない。平野、あんた疲れて視力落ちてんじゃないの?眼科受診したら?私をモデルにしてるのだとしたら美化し過ぎてる。それ以前に何で天使なんだよ、勝手に殺すな。」

「ぇえ?そっち!?」



珍しく意表を突かれたかの様に目を見開いて吃驚している相手に首を捻る。私はまともな感想を述べただけなのに何で不満そうなんだよこいつ。逆にどっちだと思ってたんだ?


天使なんて神様の使いじゃんかよ、私バリバリ人間として生きてるんですけど?遠回しに嫌な先輩への「死ね」というメッセージか?平野なら有り得るな。



「もー、期待してた反応と全然ちがーう。」

「不満そうに唇尖らせんな。三歳児かよ。」

「どうしよう…俺、永琉先輩が辛辣で泣きそう。」

「平野に涙を流すって概念あったんだ。」

「ちょっとー?俺の硝子のハートにどれだけ(ヒビ)入れるんですかー?」

「こんな事してる場合じゃない。持ち込みの原稿チェックがあるんだった。」

「あー無視される俺が可哀想で本当に目頭熱くなってきた。」

「眼精疲労じゃん、やっぱ眼科受診しなよ。」

「違いますー。永琉先輩が意地悪するからでーす。」


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