捨てられ令嬢は溺愛ルートを開拓中〜ひとつ屋根の下で始まる歳上魔法使い様との甘いロマンス〜

 待ち合わせは、クララのよく行くカフェにした。それなら迷わないだろう、というロードの配慮である。

 カフェに入ると、ロードは奥の角の席に座っていた。クララに気付くと、穏やかな笑みを浮かべて手を挙げる。 
「お姫ちん、こっち」
 クララは手櫛で髪を整えながら、ロードの座っている席へ向かう。
「すみません、お待たせしました」
 
 ロードは朗らかに笑って首を横に振った。
「いいよいいよ、待ってる間も楽しかったから」
「楽しかった……?」
 クララが首を傾げると、ロードは優しげな瞳でクララを見つめ、言った。
「今日お姫ちんはどんな格好で来てくれるのかな、って考えてたら、あっという間だったよ」
 
 ロードは言いながら、頬杖をついてクララを見ていた。
「あ……えっと」
 戸惑い、目を泳がせるクララに、ロードがまた小さく笑う。
「いや、ごめんごめん。女の子はやっぱり変わるねぇ。すごく大人っぽくて、お兄さんびっくりしちゃった」 
「そ……そうですか?」
 そこまで褒めてもらえるとは思わなかった。そう言われると、悪い気はしない。

「さて。とりあえず話の前になにか頼もう。クララちゃんは、なにが飲みたい?」と、ロードがメニューを差し出す。
「あ……じゃあ、ロードさんと同じものを」
 なにを飲んでいるかは知らないが、デートではこう言うのが鉄則なのだと以前シャルルが言っていた。
「……おや。ほんとにいいの?」
 じっと、ロードがクララを見つめた。
 
「……なにか?」
「これ、珈琲。ブラックだよ?」
 正直、クララは苦い食べ物は苦手だ。
「……えと……ミルクティーにします」
 ぼそりと言うと、ロードはにこやかに言った。
「うん。それがいいね」
「ハイ……」
 ダメだ。完全に子ども扱いされている。
 
 ほどなくして、ミルクティーとガトーショコラが運ばれてきた。
 ライトベージュ色をしたミルクティーに、濃い焦げ茶のケーキに乗った純白のホイップクリームは、香ばしい香りがして食欲をそそる。
 パッと瞳を輝かせるクララに、ロードはふっと笑った。

「……あ、すみません」
 クララはハッとして、姿勢を正した。
「で、相談っていうのは、なにかな?」
 ほんの少しだけいい淀んでから、クララは頬を染めた顔を上げる。
「……その、大人……っていうのを、教えていただきたくて」
「ほぉ?」

 ロードはきょとんとした顔で首をひねった。

「男性から見た、女性の好みについて教えてください!」
「好みかぁ」
 ロードは呟きながら、足を組んだ。

「わたし……その、男性とお付き合いをしたことがなくて。どうしたら歳上の男性に、女性として見てもらえるかなって」
「…………」
 ロードはぽかんとした顔で、クララを見ていた。
「……あの……ロード先生?」 
「あぁ……ごめん。いや、思ってた以上にお姫ちんが可愛くてね。気にしないで」

 ロードはくしゃっと笑った。その笑い方は、少し子どもっぽく見えた。クララは少し、その顔を意外に思った。
 
「つまりお姫ちんは、クロウ先生にどうにか好かれたいってことなんだね?」
「ど、どうしてそれを……」
「見てれば分かるって」
「うぅ……わたし、そんなに分かりやすいですか?」
「大丈夫。クロウ先生はたぶん気付いてないから」
 ほっとする。
 
「うんうん、いいんじゃない。青春だねぇ。お兄さん、そういう話大好きだよ」
「あの、それで……クロウがこれまで付き合ってきた女性ってどんな方たちなんですか?」

 ロードはふっと空を仰いだ。
「歴代の彼女はそれぞれかなぁ……。クロウ先生は来る者拒まず、去る者追わずだからね」
「来る者……拒まず」
 しゅんとなる。
「……あぁ。そうはいっても、基本的に告白は断ってるみたいだよ。それでも押しかけてくるしつこい子に根負けして付き合ってきたって感じかな」
 クロウ先生はひとに興味がないからなぁ、と、ロードは珈琲を飲んだ。
 
「ひとに興味はないけど、でも、嫌いなわけでもない。結局、グイグイ来られると断れない。クロウ先生は優しいひとだからね。ま、それでも結局最後はふられてるけど」
「それは……どうしてでしょう。せっかく付き合えたのに」
「自分に興味がないのがわかるからじゃない?」
「興味……?」
 クララは首をひねる。
 
「好きな人のそばにいると、はっきり分かるものだからね。相手の目に自分がいるかどうか」
「そうなのですか」
 クララは目から鱗である。

 クロウのことを考える。クララはいつもクロウのそばにいるが、彼に恋人がいたであろう時期でも、疎外感を感じたことはなかった。
 そう気付いた瞬間、ずぅん、と心が重くなった。
「お? どうしたどうした」
 クララの様子に気付いたロードが、声をかける。
「……もしかして、クロウはこれまで私のせいで彼女と別れてきたんじゃ……」
「あぁ……いや、まぁそれはクロウ先生の問題であって」
 ロードの反応を見るに、やはりそうなのだろう。
 
「……帰ります」
 突然立ち上がったクララに、ロードが驚く。
「え、ちょっと待って。なんで?」 
「……これまでたくさんクロウの恋愛の邪魔をしてきたのに、今さら私が頑張りたいなんて都合が良すぎます」

 ロードはじっとクララを見下ろし、ため息をついた。
「まったくきみ……お姫ちんは、本当にクロウ先生のことが好きなんだね」 
 手を掴まれ、クララの足が止まる。見上げると、ロードが優しく微笑んでいた。

「せっかく、勇気出して今日ここに来たんでしょう。もう帰るなんてもったいないよ。付き合うから、ほら行こう」
「……でも」 
「相談にはちゃんと乗ってあげたのに、僕との約束のデートはできないって言うの?」
「あ……そういえばそうでした。すみません」
 クララは席に戻り、座り直した。ちょびちょびとケーキをつつくクララを見て、ロードは苦笑した。
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