別れが訪れるその日まで

11 好きの再確認

 それから私の部屋へと移動したけど、中に入った途端、ボタが「ニャ~」って寄ってくる。

「あ、ボタだ、久しぶり。僕のこと、覚えてるかな」
「たぶん。だってほら、懐いてるもの」
「本当だ。ははっ、くすぐったいってば」
「ニャ~ン」

 すり寄ってきたボタを抱っこして笑ってる。そういえば紫苑君、前からボタのこと好きだったっけ。
 ふふっ、楽しそうだなあ。

『ボタも昔から、紫苑君に懐いてたよねえ。猫は3日で恩を忘れるなんて言うけど、絶対ウソだって。昔可愛がられてたの、ちゃんと覚えてるんだよ』

 うん、私もそう思う。
 すると紫苑君はボタを抱えたまま、今度は2つ並んだ机に目を向けた。

「奈沙さんの机、まだあるんだね」
「うん、処分するのも勿体ないからね。今は本棚の部分を、使ってるだけだけど」
「そうなんだ。あ、これって」

 ボタを下ろして紫苑君が手を伸ばした、お姉ちゃんの机の本棚。
 そこに並んでいたのは昔私がハマって、紫苑君がバスケを始めたきっかけになった、あの漫画だった。

「まだ取ってあったんだ。懐かしいなあ」
「紫苑君もその漫画、好きだったよね。それのヒーローに憧れて、バスケを始めたんだっけ」
「うん、まあ。けどヒーローに憧れたって言うか、あれは……」

 あれ、どうしたんだろう?
 急に口をモゴモゴして、目をそらされる。それに心なしか、顔が赤いような。

「そう言えば、まだバスケやってるんだよね。部活には入るの?」
「うん。向こうでもバスケ部に入ってたからね。こっちでも、レギュラー取れれば良いんだけど」

 こっちでもってことは、向こうではレギュラーだったってことかな。やっぱり、上手くなってるんだ。

「それにしても、紫苑君がバスケかあ。昔は想像つかなかったなあ」

 バスケを始めるまでの紫苑君は、むしろ運動は苦手な方。
 私と同じで逆上がりができるようになったのも、学年で最後の方だったのに。

「昔は運動はからきしだったけど、どうしても上手くなりたくて、芹さんや奈沙さんに付き合ってもらって練習してたっけ」
「うんうん。まあ私はお姉ちゃんと違って、何の役にも立たなかったけどね」

 よく似た姉妹なのに、どうしてああも差があったんだろう。
 けど、紫苑君は首を横に振った。

「そんなことないよ。だって芹さんがいてくれたから、僕も頑張ろうって思えたんだもの」
「ふえっ?」
「芹さん、奈沙さんに追い付きたいって、いつも頑張って練習してたじゃない。すぐ近くでそんなの見せられちゃ、僕も負けてられないって気持ちになったんだ。だからバスケを頑張れたのは、芹さんのおかげなんだよ」

 そ、そうだったのー?
 知らなかった。紫苑君が私のことを、そんな風に思ってくれてたなんて。

「わ、私は別に、何もしてないよ。紫苑君と違って、今も運動は苦手なままだし」
「けど、一緒に頑張ろうって、いつも励ましてくれてたよね。そんな芹さんだから、僕は……」

 僕は、何?
 続く言葉を待ったけど、紫苑君はそれ以上何も言わない。
 変なタイミングで会話が途切れちゃったもんだから、私も何を言えば良いかわからずに、沈黙が流れる。

 え、ええと、紫苑君。そんなに見つめられると、恥ずかしいんだけど。
 この空気、いったいいつまで続くんだろう……。

 ──ガチャ。

「芹、紫苑君、ジュース持ってきたわよー」

 沈黙を破るように部屋のドアが開かれて、入ってきたのはママ。
 途端に、金縛りにあったように固まっていた体が動き出す。

「あら、二人とも顔真っ赤だけどどうかしたの?」
「な、何でもないよ。ちょっと暑くて」
「何言ってるの、今日は涼しいじゃない。けどまあ暑いなら、我慢せずにエアコンつけなさいね」
「「は、はい」」

 紫苑君と声が揃う。良かった、何とか誤魔化せた。
 けど、すぐ後ろにいたお姉ちゃんはと言うと。

『ちぇっ、いい所だったのに。ママってば空気読んでよねー』

 そう言えばお姉ちゃんに、今のバッチリ見られちゃったんだよね。きっと後で、色々いじられるんだろうなあ。
 
「それにしても紫苑君、本当に格好よくなったわね。前の学校では、彼女とかいたの?」

 へ? かっ、彼女⁉

『彼女!?』

 お姉ちゃんの声と私の心がシンクロした。
 そ、そうだった。ママの言う通り、紫苑君は見違えるほど格好良くなった。と言うことはだよ。

『女子が放っておくはずないよね』

 そう。ひょっとしたら、前の学校で……。

『彼女の一人や二人、十人や二十人いたっておかしくなーい!』

 その通り!
 ………いや、いくらなんでも、十人や二十人は多すぎるかな?

 けど、やっぱり彼女がいてもおかしくない。むしろいない方が不思議なんだけど!
 考え出したら、変に胸がざわつく。
 けど、当の紫苑君はと言うと。

「ははっ、いませんって。そう言う話には、縁がないので」

 困ったような照れたような顔で、答える紫苑君。
 へ? い、いないんだ。

「あらそうなの? けど、好きな子くらいはいたのかなー?」
「え、ええと、それは……」
「もうママ、変なことばっかり聞かないで。紫苑君困ってるでしょ。用がすんだら出て行ってよ」
「あらあらごめん。じゃあ紫苑君、ゆっくりしていってね」

 ママを部屋の外へと追い出して、ガチャリとドアを閉める。
 もう、余計なことばっかりしゃべって、恥ずかしいよ。

「ごめんね、ママが変なこと聞いちゃって」
「良いよ。おばさん、相変わらず話好きだね」

 相手が私の友達だろうと、遠慮なく話しに入ろうとするのが、ママの悪い癖だよ。
 ママのそんな所は、きっと私じゃなくてお姉ちゃんが受け継いだんだろうなあ。

「そう言えばさ。芹さんは……いるの?」
「いるって、何が?」
「その……彼氏とか」
「へ?」

 かれし……カレシ……彼氏ー!?

「い、いないよ。そんなのいるわけないじゃない!」
「そ、そうなんだ。人気ありそうなのに、ちょっと意外」
「どこが!? 彼氏どころか、告白されたことだって一度も無いって!」

 ひょっとしてお姉ちゃんと勘違いしてない?
 昔からお姉ちゃんの方が、可愛いって言われてたんだもの。きっとそうに違いない。

「わ、私のことはいいから。それより、学校にはもう馴染めた?」
「おかげ様で何とか。けど、ちょっと困ったことがあるんだ」
「困ったこと?」
「うん。来週の金曜、ハイキングがあるでしょ」

 ああ、あるねえ。
 ハイキングと言うのは、毎年秋に行われる学校行事のこと。
 全校生徒で山に行って、登山をするのだ。

「それで先生から、どこかの班に入れてもらうよう言われたんだけど、班はもうできてるって言うじゃない。僕が後から入っていっても、いいのかなあって気がして」

 え、そんなこと?
 困ってるって言うから何だろうって思ったけど、紫苑君ならどの班も歓迎してくれる気がする。
 あ、でもここは。

『芹、ここはやっぱり』

 どうやらお姉ちゃんも、同じことを考えたみたい。

「それじゃあさ、私達の班に入らない?」
「いいの? 迷惑じゃないかな?」
「そんなことないよ。紫苑君なら大歓迎だよ。他の班の人には、私が話しておくから」

 班には寧々ちゃんと瑞穂ちゃんもいるけど、この二人なら大丈夫だろうし、他のメンバーも、反対しないと思う。

「それじゃあ、お言葉に甘えようかな。ありがとう、芹さん」
「ど、どういたしまして」

 笑顔でお礼を言われると、それだけで胸がドキドキしてくる。

 実を言うと体力には自信がないから、ハイキングはあまり楽しみじゃなかったけど、紫苑君と一緒と言うだけで、嬉しくなるから不思議。

 そして今日彼と一緒に過ごして、話をして、改めて思った。
 やっぱり、紫苑君といると楽しい。
 お姉ちゃん、それに寧々ちゃんや瑞穂ちゃんから度々指摘されて、その度に否定していたけど。
 私は今でも、紫苑君のことが好き。
 この胸のドキドキが、何よりの証拠だった。


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