別れが訪れるその日まで

13 人気なんて出なくていいのに

 あれは紫苑君がバスケを始めて、一年経ったくらいだったかな。
 私とお姉ちゃんで、試合の応援に行った時のこと。

 最初はドリブルも上手くできなかった紫苑君だったけど、その頃にはすっかり上手くなっていて大活躍。
 試合が終わると私達の所に来て、お姉ちゃんとハイタッチをしていた。

「紫苑君お疲れー、格好よかったよ」
「ありがとう。奈沙ちゃんと一緒に練習したおかげだよ」

 笑いあう二人を見ると、羨ましくなる。
 私も、お姉ちゃんみたいに上手だったら、一緒に練習できたのに。

「芹ちゃんも。練習に付き合ってくれてありがとう」
「えっ? 私は別に何も」
「そんなことないって。毎日応援してくれて、嬉しかったよ。今日だって芹ちゃんが応援してくれたから、頑張れたんだよ」

 曇りのない、爽やかな笑顔。
 まさかお礼を言われるなんて思ってなかったから、嬉しさが込み上げてくる。

「それじゃあ僕はミーティングがあるから、また後で」
「うん。待ってるから、一緒に帰ろう」

 手を振って、紫苑君と別れる。だけどそのすぐ後。

「奈沙ちゃん、芹ちゃん、ちょっといいかな」

 声をかけられて振り向くと、そこにいたのは3人の女の子。
 見覚えがある。たしか、別のクラスの同級生だ。

 だけど、3人とも何だか怒ったような顔をしてて、お姉ちゃんはとっさに、私を背中に隠すように前に出た。

「何かな?」
「さっきの見てたんだけどさ。二人とも春田君と、距離近すぎない?」
「そうだよ。みんな我慢してるのに、抜け駆けするなんてズルい!」

 近すぎ? 抜け駆け?
 私もお姉ちゃんも何のことだか分からずに、顔を見合わせる。

「まさか知らないの? 春田君人気あるけど、あんまりベタベタしたら迷惑だろうし、抜け駆もよくないからやめにしようって、ファンの間で決めたの」
「なにそれ? そんなのいつ決めたのさ。初耳なんだけど」
「聞いてなくても、普通分かるでしょ」
「分かんないよ。だいたい、紫苑君にファンなんているの?」

 お姉ちゃんは不思議そうに首をかしげたけど、私はすぐに理解した。

 少し前までの紫苑君は、優しくて可愛い顔してるけど、大人しくて自己主張する方じゃないし、決してモテるってわけじゃなかった。
 けどバスケを始めてからは、紫苑君の事を良いって言う女子が出てきたのは、何となく知っていたの。

 けどそれでもファンができて、抜け駆け禁止なんてルールが作られていたのにはビックリした。
 どうやら思ってたより、ずっと人気が出てたみたい。

「言いたいことはわかったよ。けど紫苑君が、あたしや芹がいたら迷惑だって言ったの?」
「言うわけ無いじゃない。春田君優しいから、言ったりはしないよ。けど、本当はきっと……」
「迷惑がってるって言いたいの? もし本当にそう思ってるなら、あんた達紫苑君のこと、何も分かってないよ。ね、芹」
「う、うん」

 怖かったけど、それでもコクンと頷く。

 紫苑君は、絶対にそんな風に思ったりしない。
 なのに勝手に気持ちを決めちゃうなんて、モヤモヤした嫌な気分になる。


「話は終わり? ならあたし達、もう行くから」
「ちょっと、待ちなさいよ!」

 絡んできた子達はまだ何か言ってきたけど、お姉ちゃんに手を引かれて回れ右。
 構わず去って行く。

「あれで良かったのかなあ? あの様子じゃ、また何か言ってくるかも?」
「その時はその時だよ。それにしてもファンかあ。これは芹も、うかうかしてられないね」
「へ? な、何が?」

 なんてとぼけたけど、そんなの決まってるよね。
 紫苑君、これからどんどんモテていくんだろうなあ。
 あーあ。人気なんて、出なくても良かったのに。

「まあライバルは多いかもだけど、芹ならきっと大丈夫だから。あたしが保証する」
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」

 例えそれが気休めであったとしても、嬉しい。私も、頑張ってみようかな。

 ……とまあ。この時はこんな風に思っていたけど、私はまだまだ甘かった。

 出る杭は打たれる。文不相応な夢を見てはいけないということを、後に痛感させられるのだから。
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