怪奇集め その手をつないでいられるうちにできること

町の掃除屋の恋

 以下は掲示板に投稿されたちょっとホラーな話だ。

 掃除屋というとどういうイメージがあるだろうか。町の暗殺者というカッコいい二次元を想像する者もいるかもしれない。これは、普通の清掃業者に勤める男性の書き込みだった。いわゆるゴミ箱のゴミを集めたり、床にモップをかけたりする仕事だ。

 職業は「町の掃除屋さん」。ここでは、壮司《そうじ》という仮名で書きこもうか。どんなに汚いものでも、臭いものでも自分たちにかかれば見事にさっぱり仕上がりますという売り込みでやっている。主に壮司の会社の社員はスーパーや病院に派遣されることが多い。開店前の早朝や閉店後の遅い時間勤務もあり、不規則な仕事で社員の出入りも多い。壮司は病院を担当することが多く、早朝や夕方以外にも患者のいる時間帯に仕事をすることも多く、顔見知りになることが多かった。

 地元では比較的大きな総合病院で、大きな病を抱えた持病のある患者は定期的に通院していた。顔見知りになる機会が多いと情が芽生えることも多い。高齢者が多い地域なので、話し相手になることも多かった。

 そんな壮司に珍しく若い女性と話す機会ができた。というのも、この病院や職場には若い女性自体珍しいのでめっぽう出会いはなかった。しがない独身男性だと自覚はしていて、結婚する気も全くなかった。ただ、毎日仕事をして帰宅するだけの無趣味な毎日を送っていた。田舎なので若い人自体少ないので、美しい女性は珍しい。ゆえに、とても目立っていた。20歳そこそこくらいで大学生くらいの印象だった。ある時、思いもよらない出来事があった。美しい女性が声をかけてきた。

「私、この町に引っ越してきて間もないのですが、同じくらいの知り合いがいなくて、よかったら話し相手になってくださいませんか?」

「俺で良ければ」

 壮司は学生時代から冴えないタイプだったので、そんなことを言われたのは生まれて初めてだ。正直舞い上がってしまった。たしかに、高校を卒業して町を出て行った同級生は多数いる。新参者ならば友達なんてできないだろう。このあたりは、専門学校も大学の類もない。田舎町はのどかだけれど、刺激はないし、娯楽もない。でも、壮司はのどかな田舎暮らしのほうが自分に合っていると自覚していた。

「もう少しで休憩時間なんで、売店でコーヒーでも買ってきます。何か飲みたい物はありますか?」
 汗臭くないか、ゴミ臭くないか。この仕事を始めてから、初めて気にした自分に気づく。異性に対しての免疫が全くない故、仕方がない。

「じゃあ、私はオレンジジュースで。カフェインはあまり体によくないらしいので」
 病気がちな印象の彼女はあまり健康そうには見えない。

「定期的に通院されてるんですか?」

 ペットボトルを差し出しながら聞く。
 彼女がお金を出そうとしたので、いらないとジェスチャーする。

「実は、持病があって、都会より田舎の方がいいということで家族と共に引っ越してきました。空気がきれいでのどかな土地は落ち着きます。実は、同じくらいの年齢のあなたを見て、ずっと話しかけようと思っていました」

「そうなんですか?」
 まさか、そんなことがあろうとは思わなかった。今まで床ばかり見てきたので、こんなに美人が通院していたことに鈍感な壮司は気づかなかった。それに、美人がいても自分の人生と交わることはないと思っていた。

「週に3度は通院しておりますので、またお話してください」

「週に3度もですか?」
 高齢者でも月1程度の人のほうが多い。

「人工透析をしているんです。腎臓が悪くて。人工透析をしている人はあと3年程度の命なんていわれています。実際私は結構前から透析をしているため、長くはないのです。片足棺桶に突っ込んでいる状態なんですよね」
 うつむき加減でありのままの状態を語る。悟った様子の彼女ははかない花のように可憐なのにすぐにしおれてしまいそうで守りたくなった。

 彼女とはずいぶん親しくなり、恋人といえるような関係に発展した。とは言っても持病もあり、遠くへ外出も体力的にも厳しかった。それでも、彼女の家族とも仲が良くなり、近くへ彼女をドライブに連れていくこともあった。クリスマスも正月も夏祭りも花見も年間行事は一緒だった。

「ねぇ、壮司さん。私、病院の地下の部屋が怖いの」

「死人を保管する部屋だったかな。霊安室、あそこは、関係者以外は入れないから俺も入ったことはないかな」

「掃除屋さんも入れないのね。時々、何か声を感じるの」

「ここは病院も少ないし高齢者が多いからね。死人が出ることは多いさ」

「時々誰かが呼んでいる気がして、こわいなぁとおもっていたの」

「俺、霊感強い方じゃないけど、ここで仕事するようになってから、死んだはずの人がベンチに座っていたり、歩いていることがあるんだ。その時は気づかなかったけれど後になって、亡くなっていたことを知ったこともあるよ」

「病院って生死と向き合う場所ね。この町に言い伝えがあると聞いたの。生なる花っていう花があって、スカイブルーの色合いだと聞いたの。とても珍しいから、見つけたらラッキーだと聞いたから、この山林にないかなと思って、ドライブの時に行きたいとずっと思っていたわ。ほんの短時間しか咲かないし、触れると色がきれいなブルーから変色してしまい、すぐ枯れるとも聞いた。でも、縁起がいい花で、それを見つけた人は長生きするんですって」

「聖華さんには少しでも長く生きてそばにいてほしいよ。この時期咲くと聞いたことがある。俺も少し散策してみたいと思うよ」

 彼女の名前は聖なる華と書いて聖華だった。まさに、彼女そのものを表した名前という印象が強いと思う。まさに名は体を表すだ。

 山のほうに咲くと言われている生なる花を探して二人でドライブをした。二人で過ごす時間はかけがえのない時間であり、宝物だった。今までがあまりにも簡素で乾ききった人生だったから余計にそう感じたのかもしれない。

 その日は散策してみたが、案の定幻の花と言われているだけあって、簡単に見つけることはできなかった。何度か彼女とデートの時に行ってみたが、やはり珍しいと言われる伝説の花に遭遇することはなかった。

「俺、健康だけが取り柄だから、少しでも君の助けになりたい。俺の命をわけられたらいいのに」

「優しい人ね。ずっと私のそばにいて」
 俺たちは固く、その晩愛を誓い合った。交際経験のなかった俺はその夜、はじめての経験に心が高揚してしばらく眠ることができなかった。

 1年くらい交際した頃、彼女はみるみる体が衰え、とうとうこの世からいなくなってしまった。初めての愛をくれた女性との永遠の別れ程辛いものはなかった。しばらく泣いて泣いて毎日を過ごした。彼女を忘れる日はなかった。そして、以前のただ孤独だった自分に戻っただけだと気づかされていた。何も自分自身がかわったわけではなかったんだ。

 そんな時、勤め先の会社の社長の娘がUターン就職で帰ってきた。彼女は俺の高校の後輩にあたり、東京の大学に行っていたらしい。しかし、将来的に会社を継ぐために親の掃除の会社の社員として働くことになった。高卒で入った壮司も、気づくとアラサーになっていた。壮司よりもだいぶ若い新卒の女性は会社内でも町内でも珍しい。気取らない性格の彼女は、社員や町のみんなからかわいがられる存在となっていた。彼女は思いの外話しやすいタイプで壮司になぜかなついていた。多分、女性に対する免疫ができ、いつのまにか気の利いた話ができるようになっていたからかもしれない。そして、壮司が平均年齢の高い社員の中では比較的若手だったというのもあるだろう。

「壮司さん、彼女いるんですかー」
 聖花とはタイプが違う元気な女性で、何でもズバズバ聞いてくる。
 スポーツをやっていたようで、ショートカットの似合う女性だ。

「いないよ」

「でも、絶対引きずっている女性がいると思うんだよね」
 年上にもタメ語だ。でも、なぜか許せるタイプだった。

「どうして?」

「私、思いが見えるんだよね。あなたに憑いた愛情とか。でも、払っておかないと人生大変かもしれないね」

「俺に憑いた愛情? まさか。まぁ、たしかに彼女はいたけど死んでしまったんだよ」

「やっぱりかー。彼女がそのうち現れるかもしれないよ。盛塩でもしておきな」

「むしろ、彼女に会いたいさ。死んだって彼女は彼女だ。それに、死んだ人がみんな現れたらこの世界はパニック状態になるだろ」

「彼女って特殊な力を持っていたんだと思うよ。妙な事言ってなかった?」

「霊安室から声が聞こえるとか、それは言ってたな」

 彼女とは昼飯を一緒に食べる仲になり、次第に夕飯も一緒に食べる仲になった。そして、帰り道、青い花を偶然見つけてしまった。見たこともないきれいな花だった。夜なのに、光を放つかのように、暗がりでもスカイブルーが映える。聖華が言っていた生なる花なのかもしれない。今更見つけても遅いな。もし、もっと前に見つけていたら、彼女はもう少し長く生きられたのだろうか。でも、余命をそんなに延ばすなんて非科学的だ。諦めという言葉と目の前の生きている彼女を見つめる。

「この花、きれい。持って帰ろう」

「これ、触れると色が変わってしまうらしいんだ」
 言った瞬間、彼女の花に触れる方が早い。でも、彼女は触れる寸前で手を止めた。彼女はせっかちな性格であり、いい意味で言えば、なんでもスピーディーに仕事をこなしてしまうので大変助かる。しかし、何か思うことがあったのだろうか。寸止めするなんて、毒でも付いているじゃないだろうか。
 
 これは、聖華が言っていた、幻の青い生なる花に違いない。知ったかぶりをして知識をさらす。滅多に俺にはこういうチャンスはないので、博識ぶりたいときだってある。

「たしか、これは縁起のいい花で、かなり珍しい花だと聞いたことがある。幻の花と言われていて、咲く時間も短いらしい。触れると徐々に変色するから、きれいな色を保つことは難しいらしいよ。でも、これを見つけたら長生きできるという迷信もあるんだって」

「壮司さんって詳しいんだね」

 元彼女が言っていたとか、一緒に探したということを正直に言えなかった。既にこの時、元彼女の話をすると嫉妬される関係になっていたからだ。学歴も低いし、たいして仕事もできない俺なんかを好いてくれることは素直に嬉しかった。彼女は学歴も高く、仕事もできる。地元の中小企業ではあるが、経営は安定している社長の娘だ。彼女と一緒になれば、将来は社長になるのかな。そんな漠然とした未来が見えていた。それまでは、何もなかった自分に自信が持てるようになったのは今の彼女のおかげのような気がしていた。

「ちょっとこれ、青いきのこ、ソライロタケじゃない??」
 先程まで花が咲いたように見えたのだが、それは次の瞬間キノコになっていた。もしかしたら、見間違えの可能性も十分ある。しかし、本当に先程は青い美しい花びらがあった。目がおかしくなったのだろうか。思わずまばたきをして、目を擦ってしまった。

「ソライロタケって超超珍しいんだよ。幸せの青いキノコって言われていて、全体が空色なの。発生期間も短いし、触ったり傷をつけると黄緑色に変色するんだって。私、山育ちだけど、はじめて実物を見た。たまたま見つけるのは難しいんだよ」

「詳しいな。山育ちの俺も知らない。君はさすがだな」

「色が変わるとかわいそうだから、写真に撮っておこう」

 俺たちは珍しいと言われるきのこの写真を撮って、SNSにアップする。

 その日から、仕事中、病院内の地下から名前を呼ばれる気がした。でも、そんな場所を掃除している同僚はいない。霊安室のほうだと察知するが気づかぬふりをした。そうでもしなければ、奇妙な何者かに取り憑かれてしまうような気がしたからだ。青い花に見えたソライロタケを実はこっそり元彼女のお墓に持って行った。元彼女の聖華が欲していたものではないかと思ったからだ。

 でも、元彼女の怒りをかえって乞うことになったのかもしれない。
 今の彼女が言っていた通り、俺が一人暮らしをしている部屋に異変が見え始めた。最初は知らぬ間に窓が開いていた。締め忘れただけかもしれないと思う。しかし、窓を開けてもいないのに、カーテンが揺れたり、地震でもないのに、電気がガタガタ音をたてたり明らかにおかしいと思う。とりあえず、盛塩をするといいというアドバイスを実行する。そして、今の彼女に相談した。

「彼女と今でもつながりたいならば、除霊しないほうがいいけれど、あなたにも私にも危害が及ぶと思う。自分の身を守るために彼女との関係を絶つ儀式を除霊師に頼もうか。私が知っている除霊師は本物だよ」

「あの部屋に帰るのが怖い。それに、あの病院にも何かいる。声が地下からするんだよ」

「私にも聞こえているよ。声が聞こえると、次、あの霊安室に入るのは自分になるっていう噂があるから、私たちは相当やばいと思うよ」

「除霊師ってすぐに呼べる知り合いなのか?」

「うん。私の同級生が代々除霊している家系だから連絡してみる」

 皆帰宅し、事務所で二人きりになった。除霊師が訪ねてくるということで待っていた。すると、美しくスラリとした女性が入ってきた。どこかで見た顔だ。いや、よく知っている顔だ。かつて、一番愛していた女性の顔そのものだった。また、幻覚だろうか。相当疲れているのか、取り憑かれているのか自分でもわからなくなっていた。

「ひさしぶりー。東京から帰ってきてからなかなか会えなかったよね。急に電話してごめんね」

「いいのよ。私も会いたかったから」

 除霊師の優しい言葉の中に何か別な意味が含まれているような気がしてならなかった。

 壮司は絶句していた。ただ、かろうじて除霊師に向けて指を差すことができたといったところだろうか。はやく彼女に教えなければ。と思うが、彼女と除霊師の女は昔からの知り合いからのようで、普通に話をしている。ということは、瓜二つのそっくりさんといったところだろうか。まさか、生まれ変わりという年齢でもないし、姉妹や親戚はこの町にいるとは聞いていない。彼女が騙されているのだろうか? すでに呪われているのだろうか?

「除霊したいんでしょ? 元彼女の霊が邪魔なの?」
 少しばかり語調が強い。

「不気味なことばかり起きるし、あなたなら除霊できるでしょ。私、彼と結婚前提にお付き合いしているの」

「ふふふふ……」
 聖華そっくりの除霊師が笑う。ここは笑う場面ではない。やはり、罠なのかもしれないと思いながらも何もできなかった。彼女は何も感じている様子がないからだ。警戒していないということは同級生で間違いがないはずだ。

「じゃあ、儀式ここで始めるよ」
 事務所内で着物を着た除霊師は美しい舞を踊る。何もできずにただ見ている事しかできない。すると、彼女の中に、除霊師が吸い込まれるのが見えた。たしかに見たんだ。この世界には言葉や理屈で説明できないことがることを体感する。

 彼女の中に除霊師と名乗る女性が乗り移り、除霊師が倒れる。倒れた女性の顔を見ると、聖華には似ても似つかない顔をしていた。どうして、別人の顔を知人だと思ったのだろう。もう、この時点で、除霊師も含めて呪われていたのかもしれない。それだけ聖華の思いが強すぎたのかもしれない。

 あの日から、今の彼女の中身は完全に聖華になった。と言っても、外見はボーイッシュで元気な社長の娘だ。しかし、中身は完全に死んだはずの元彼女だ。二人で初めて行った場所や二人にしかわからない思い出を全て詳細に知っている。そして、言葉づかいも全てが聖華になった。周囲の人は人が変わったなぁって驚いているけれど、聖華のことをよく知っている俺は心地よくて仕方がない。俺はどちらの女性も好きだ。だから、一度に両方の女性と付き合えるなんてお得感すら感じている。幸せでたまらない。健康な体を持つ初恋の女性と付き合えるようになったのだから。

♢♢♢

「これ、どっちの女性を好きだったんだろうね。やっぱり、元彼女? でも、この文面だとどちらも好きで選べなかったのかな。そんな状態がおかしいとか嫌だとか思わない壮司さんは呪いの渦中にいるのかな」

 凛空は少し考えて微笑む。
「俺としては、多分、今の彼女の中に元彼女の面影を見出しているだけなんじゃないのかなって思うけど。健康で外見も生きている方の彼女だ。でも、元彼女にしか知らない記憶や言動があるって書いてあるな」

「この経験ももらったらだめな記憶かな。元彼女のことを忘れて今の彼女と幸せになれるのならば、もらったほうがいいのかな」

「あげるかどうかは壮司さん次第だしな。連絡は取ってみてもいいかもな。でも、こーいう人は無視して終了っていうパターンかもな。多分、返事がないような気がする。今が一番楽しいのなら他人に干渉されたくないのが本音だろうしな」

 案の定メッセージに対するレスはなかった。わざわざネットに書き込んだのは創作した話を誰かに読んでほしかったのだろうか? それとも、自己主張? 承認欲求? 自慢? 他人の心はわからないが、ネット上の話はどこまでが本当でどこまでが嘘なんてことはわからないということだ。この場合は当人さえも本当のことを把握できていない可能性はある。
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