幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
 エアコンも付けずに締め切っていた部屋は、朱里が窓を開けた途端、新鮮な外の空気と入れ替えられる。

 「はあー、涼しい…って、ええ?!」

 大きく深呼吸した朱里は、目の前に菊川の姿を見つけて固まる。

 窓を開けてこちらに身を乗り出すように、菊川が優しく笑って朱里を見ていた。

 「き、き、菊川さん?いつからそこに?」
 「さっきからです。あんなに綺麗な音色が聴こえてきたら、誰だって吸い寄せられますよ」
 「まさか、聴いて…?!」

 朱里は両手で頬を押さえる。

 (しかもあんなに自分の世界に浸った演奏…)

 思い出すだけで恥ずかしい。

 「朱里さん、とても素敵な演奏でしたよ。あなたの愛が溢れていました。いったい誰を想って弾けばこんなに甘い音色が出せるのだろうと、見ず知らずの相手にヤキモチ焼くくらいでした」
 「いいい、いえいえ、あの。今のはコソ練、つまり、隠れてコソコソ練習していただけなんです。そんな、誰かを想ってなんて、まさか…」

 アタフタする朱里に、菊川はふふっと笑う。

 「では、いつか愛する人に聴かせてあげてください。きっと感動されると思います」
 「ままま、まさかそんな。あの、そんなふうに言ってくださるのは、菊川さんだけですよ」

 すると菊川は、意外そうに尋ねる。

 「どうしてですか?」
 「だ、だって。人前で演奏しても、感想を言ってくれる人なんてほとんどいませんよ。それどころか寝ちゃう人の方が多いかも?クラシックなんて、特に。それにこの曲が愛する人を想って書いた曲だって、菊川さんはよくご存知ですね?菊川さんこそ、音楽から色々なことを感じ取って言葉で伝えてくださる素敵な人です」

 朱里の言葉を聞いて、菊川は少し考え込む。

 「私は音楽に詳しくありません。ただ朱里さんの演奏を聴いて、思ったことを伝えただけです。素人の私が心惹かれ、愛の曲だって分かるほど、朱里さんの演奏は純粋に美しかったですよ」

 朱里は照れて顔を真っ赤にする。

 「朱里さん。その曲はどこかで演奏されるのですか?」
 「え?あ、えっと。若葉台の『ヒルトップテラス』っていうコミュニティマンションのロビーで、カルテットで演奏するんです。まだ選曲中なんですけど、この曲も候補に挙がっていて…」
 「そうですか。その曲も演奏していただけたら、きっとお客様も喜ぶと思います」
 「あ、そ、そうでしょうか」
 「練習、がんばってくださいね」
 「は、はい。ありがとうございます」

 うつむいたまま頭を下げ、朱里は窓を閉める。

 菊川に聴かれるかと思うと、もう練習は続けられなかった。
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