Lost at sea〜不器用御曹司の密かな蜜愛〜
* * * *

 妊娠がわかった翌日、仕事に行く宗吾を見送った後に荷物をまとめて彼の部屋を出た。

 メールだとすぐに気付かれてしまう気がしたから、机の上に『やっぱり私には無理みたい。一カ月楽しかったよ。ありがとう』というメモだけ残して去った。

 働いていた会社には退職の意向を伝えた。急だったので仲間や上司には迷惑をかけてしまったが、それでも決意は固かった。

 実家に帰って全ての事情を話した六花を、家族は渋々ながら受け入れてくれた。しかし実家に居座るつもりはなく、以前からずっと気になっていた祖母の家のそばへの引っ越しを実行することにしたのだ。

 というのも、祖母の家がある海辺の街では移住者への支援を行っており、家賃も安ければ補助も受けられる。退職金や貯蓄を切り崩してしばらく生活していけるだろう。

 それに祖母が近くに住んでいれば寂しくないし、逆に様子を見に行くこともできる。

 宗吾が自分のことを探すとは思えないが、六花自身が彼のことを考えずに過ごしたかった。

 妊婦健診を受けるための病院が近い空き家を探し、安定期に入ったタイミングで引越しをした。一人きりでの妊婦生活。寂しいかと思いきや、ゆったりとした時間を謳歌出来た。

 ずっと誰かと一緒に暮らしていたからだろうか。静かで自由な時間が心地良くさえ感じる。

 そして里帰り出産をした後に、またこの地に戻ってきたのだ。

 生まれたのは三千グラムほどの可愛い女の子だった。目元や口の形がどことなく宗吾を思い出させる。初めて胸に抱いた時に、六花の瞳からは涙がポロポロと溢れた。

 名前は愛生(まなり)と付けた。それは六花に愛と生きる希望を与えてくれたから。そしてこれからは六花がたくさんの愛を注いでいきたいという願いを込めたのだった。
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