Lost at sea〜不器用御曹司の密かな蜜愛〜
* * * *

 娘を車の後部座席に乗せ、六花は翔の経営する結婚式場の駐車場へと車を止めた。

 娘を抱き上げベビーカーに乗せ替えると、木々の葉が青く輝く小道をゆっくり歩いて式場へと向かう。

 昔はあんなに好きだったきれいめな女性らしい服に打って変わり、今は動きやすいカジュアルな服が増えた。髪は煩わしくないように一つに結び、コットンのシャツやパーカーにパンツを合わせることが増え、スニーカー以外は履かなくなった。

 子どもが出来るとこんなにも変わっちゃうのねぇ……自分自身もその変化に驚いていた。

 式場に併設する農園レストランの前を通り抜け、その奥にある事務所のドアを開けて中に入る。するとカウンター受付のすぐ裏の扉から、長い髪を耳の横で一つに結んだ萌音が顔を覗かせたかと思うと、笑顔を浮かべて近付いてくる。

「あっ、六花さん、おはようございます」
「おはようございます、萌音(もね)さん。遅くなってすみません」
「ううん、私も今来た所だから大丈夫です。あっ、荷物持ちますね!」

 萌音は六花の持っていた荷物を受け取り、絨毯張りの廊下を歩き出した。ヨーロッパの田舎町のような雰囲気の式場とは違い、ここはどこかオフィスのような雰囲気を醸し出している。

「萌音さん、ドレス仕上がりましたか?」
「うん、なんとか。昨日ちょっと夜更かししちゃったけど」

 萌音の目元にはうっすらと隈が浮かび、彼女の言葉を裏付けているようだった。

「六花さんの復帰後の初仕事だし、良いものが作りたいって思って、なんか気合いが入っちゃった!」

 廊下に接している二つ目の白い扉を萌音が開け、二人は中へと入った。定員四人ほどの小さな会議室には、ウエディングドレスが着せられたマネキンが飾られている。

 柔らかな素材と豪奢(ごうしゃ)なレースがふんだんに使われたマーメイドラインのドレスで、その(きら)びやかで優しい風合いに六花は思わずうっとりと見惚れてしまう。

 そこに今度は自分が作ってきたアクセサリーを飾り付けていく。今回はドレスに合わせて華やかさと上品さを表現したくて、カットの多いビーズをふんだんに使用したこともあり、光が当たるたびに輝きを放っていた。

 すると萌音は六花の手を取り、じっと瞳を見つめてきたのだ。

「萌音さん? どうかしました?」
「あの、六花さん……もし聞いて欲しいことがあったら言ってくださいね!」
「えっ?」
「いえ、お節介だったら無視してください! でも六花さんって絶対に弱音を吐かないじゃないですか。だから溜め込んでいたりしないかちょっと気になってて……。でも余計なお世話だったらごめんなさい」
「うふふ、ありがとうございます。でも大丈夫です。意外と娘といると忘れちゃうんですよね。忙しいからかもしれないですけど、育児の悩みは萌音さんや祖母が聞いてくれるし、案外毎日楽しいんですよ」
「……本当に?」
「えぇ、本当です」
「そっか……うん、それなら良かった」

 そう。今は毎日がすごく楽しいし充実している。(せわ)しなく働いていた頃より、自分らしく生きている。
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